君は、覚えていてくれているだろうか。






 「おとうさん、おかあさんはどこいったの?」



 透き通る蒼い空。彼女の墓標がある丘から少し離れた、柔らかな丘の上の草地。
 舌足らずな言葉で首を傾げ、愛らしい姿で訊ねてくる。鮮やかな紅の髪に、暗闇でも煌々と光る赤い瞳。髪の色は、母親譲りなんだろう。
 最初に愛する人を失った時。何も見えない闇の中で、この子の母親でもある紅の髪の彼女が俺を救った。
 しばらくして、彼女と幸せに暮らそうと決めたが、彼女はたまたま赴いたその地域のテロ事件に巻き込まれ、最後の言葉も交わせずに、彼女は死んだという知らせが届く。

 残ったのは、俺と、彼女の子供だけだった。

 「お母さんはね、空にいるよ・・・もしかして、笑ってるかも」
 元気だった彼女のことを思い出すと、つい顔が綻ぶ。
 膝の上に座る娘。彼女の嫌っていた紅の髪と、俺の嫌っていた赤い瞳が娘に受け継がれるなんて、皮肉だな。と思う。血の色だ。と言って、嫌っていたのに。

 それでもわが子が愛しいことに、変わりない。


 「じゃあ、いつか帰ってくるの?!」


 興奮した様子は、彼女にそっくりだ。目をきらきらと輝かせて、それはひどく嬉しそうに、勢いよく相手にずいずいと問いただす辺り。もしかして、自分と似ているところなんて瞳の色しかないんじゃないかってぐらい。

 「多分、ね」

 悪戯っぽく笑みを作る。それを聞いた娘は、頬を膨らまして、へそをまげてしまった。視線をこちらから外し、嬉しそうな顔で、晴れきった空に手のひらを向ける。その行動も、似ているのだ。


 「おかあさん、早く帰ってきてね」

 屈託の無い、ひたすら純粋な笑顔。






 ほら、そういうとこも、ルナに似てる。



 手のひらを向けられた空は、ただ蒼く、限りなく広い。
 刹那、風が優しく撫でるように、吹き去っていった。
 全てを包み込む母性を、その風に感じる。ああ、もしかして、笑うようになった俺に対して、彼女も喜んでいるのだろうか。いつもみたいに綺麗な笑みを浮かべて、「よかったじゃない」、と言っているのかもしれない。





 力も無く、頭を垂れる。


 目頭が熱くなってきたからだ。





 いつも。いつも。思い出せばきっと、涙が溢れるから。







 「おとうさん?」
 よしよし、とあやすように、この子は俺の頭を撫でる。
 ああ、そういうところさえも。

 「お前は、母さんによく似てるね」

 この子を媒介に、自分は彼女をみているんじゃないだろうか。
 時々、そういう感覚に呑まれる。

 「おとうさん、それもう百回ぐらい聞いてるよ」
 笑みを含んだ呆れ顔で、娘は言った。


 わかっているよ。と応える。
 でも、君のお母さんのことを思い出すと、百回だって言い切れないんだ。
 君は、知っているかな。
 一度は君と、お母さんのところにいくつもりだったこと。




 だってもう、何も残っていなかったから。





 そのときに一瞬だけ触れた温もりが、空に消えようとする俺を止めたんだ。
 君が、ひどく幸せそうな寝顔で、寝ていたことが。



 ああ、この子を守ってやらなきゃな、 って。



 あの時は、そうして、泣いたっけ。





 「俺も、行くよ」



 この子を守ったら。俺も、そっちに逢いに行く。

 きっと君は、「何で来たの」って、怒るだろうけど。




 そう呟いて、遠くで草原を駆け回る子供を見守る。

 風に、彼女を感じる。
 今なら泣ける。そう思えた。



 できれば、もう一度。  もう1度だけでもいいから。










































 俺の名前を、呼んで欲しかったんだ。



wieder(独):再び・もう一度