心地よい幸せと微笑を携えた、そんな時間を。


 「ねぇジェリー、アレンくん見なかった?」
 食堂にひょこりと顔を出し、中華鍋を握っている料理真っ最中の料理長・ジェリーに声をかけたのはちょうど午後二時頃だった。兄に頼まれて、次の任務の資料を私に新人エクソシストのアレンを探していた。
 (アレンくんって、なんかいつも食堂にいるような気がするのよね・・・)
 イノセンスが寄生型の所為か、かなり大食いである印象の彼を、見かけるときの大半はこの場所だった。食事時になったら、この食堂にある長テーブルの半分は彼の頼んだもので埋まる。それも自分にとっては、見ていると笑みが零れるような微笑ましい光景だが。彼が教団に来てから、不思議と楽しい事が多い。
 「あら!リナリーじゃなぁい。アレンちゃん探してるの?」
 「うん、そうなの・・・ここにいると思ったんだけど・・・」
 「そうねぇ、もう少し早ければアレンちゃんいたんだけど・・・」
 重たい中華鍋を軽々と片手に持ちながら手を顎に当て考え込む様子のジェリーに、覗き込むようにして首を傾げて言った。
「どっちいったか知らない?」
 「うーん・・・。あ、そうだわ!」
 「え、判ったの?」
 「庭にいるんじゃないかしら。ほら、お散歩とか」
 「分かったわ、ジェリー。ありがとう!」

 にこやかに感謝の辞を述べて、食堂をあとにする。ふと外を眺めれば、最近はどんよりとした分厚い雲が覆っている空が、久しぶりに千切れ雲しか残さない、晴れ晴れとした空の色に代わっていた。春が近いからだろう、庭でアフタヌーンティーをするには絶好の日和だ。これから探す、彼とでも紅茶を楽しむのもいいかもしれない。花の開花にはまだ早いけれど、これから芽吹く未熟な花を見るも楽しそうだと思った。
 そんな取留めも無い考えを巡らしながら、庭へ向かって走っていた。その途中、ちょうど角に差し掛かったところで、ぼすっと音を立てて誰かに衝突した。突然のことに驚き、顔を上げると、オレンジ色の髪が最初に視界に入った。
 「どうしたんさ、リナリー。急ぎか?」
 「ラビ・・・・。アレンくん探してるところなの、この資料渡さなくちゃいけなくって」
 「アレンー?アレンだったら、自分の部屋じゃ・・・」
 「えっ、庭にいないの?!」
 「俺さっきまでいたけど、アレンは見なかったさ」
 彼は先程の庭の様子を思い出しているようで、目を彷徨わせたあと「やっぱりいなかったさ」と少々申し訳なさそうに言った。残念だったな、と付け加えたあと、ラビはいくつかアレンくんのいそうな場所を言い並べて、微笑んだ。

「ま、アイツがいるのはこんぐらいっしょ。それより、リナリー」
「何?」
「なんか嬉しいことでもあったんか?・・・・顔、緩みっぱなしさ」
「・・・・・え?」

にやにやと意地悪そうな笑みを浮かべるラビが、自分の顔を指差した。持っていた資料を脇に挟んで、反射的に両手で頬を押さえる。今まで自分で気付かなかったことが忌々しい、もしかして食堂でもこんな顔だったのだろうか。恥ずかしさに顔の熱が急激に上昇した。顔が緩んでいた理由を必死に考え、ぐるぐると思考が巡っていく。
不思議に思ったラビが、こちらを覗きこんだ。おそらく彼には理由が分かっているのかも知れない。だからか、「どうした?」と心配するような声をしていても顔はまだ笑みを浮かべている。いっそ聞き出してみようか、と思ったその瞬間。
 キィ・・・
 庭へ続くドアが僅かに開いて、この場所まで風を運んだ。頬を掠めた暖かな微風に、頭の芯を冷やされた感じだ。曇りきっていた思考が一気に澄んでいく。
(もしかして)
 絶好の日和。アフタヌーンティーを一緒に楽しもうとした相手。心を満たした感情。カチリと音を立てて、すべてが繋がる。そうだ、自分が彼を探していた理由はそれだけじゃなかった。そして、自分が全てを理解した様子を見たラビは、踵を返して庭に行った。いってらっしゃいとでも言うかのようにこちらに手をひらひらと振りながら。その背中に「ありがとう、ラビ」と声を大きくして放つ。彼の口は小さく、「どういたしまして」と紡いだ。


 足早に彼の自室へ向かった。躍る心がしきりに背中を押して、胸が徐々に幸せに満ちていく。まるで子供の時感じた、宝物を捜しているときのような気持ちだ。
 少しして、庭から離れた彼の部屋に着いた。急いだ所為か少々息が荒れていたので、深呼吸をした。そしてドアをノックする。
 「あっ、はい!」
 中から元気な声が響いてきた。それは間違いなくアレン・ウォーカー、その人物のだ。自然な動作で僅かに開けられたドアから彼の顔が覗く。「リナリー、どうしたんですか?」と言ってドアを完全に開けた相手に、資料を渡す。
 「これ、兄さんから頼まれたの。次の任務のだから目通しといてね」
 「届けてくれたんですね、ありがとうございます」
 嬉しそうに、あどけない笑みを浮かべる目の前の少年に微笑む。
 「アレンくん、今暇?」
 「ええ」
 「あのね、よかったら一緒に食堂行かない?」
 「はい、大丈夫です。昼食・・・ですか?」
 すみません。さっき、食べちゃったんですけど・・・と困ったように笑う彼に「ううん、違うわ」と首を横に振る。すると相手は不思議そうな様子でこちらを見た。食堂に行く理由を、聞きたそうだ。

 「アフタヌーンティー、一緒にどうかしら?」

 尋ねるように、やわらかに首を傾げる。少年はどうやら心得た様子で、「はい、ぜひ」と微笑んだ。ドアから覗く彼の部屋の窓、黒い窓枠の向こうに晴天が見えた。あのとき頬を撫でた微風は、もうすっかり春のものだった。




















 もうすぐ春ね。そう言うと、彼はにこやかに頷いた。


printemps (仏):春


+あとがき+
1・2時間で書き上げたせいか、密度なくてスイマセン;
いや単にアレンの所へ上機嫌のリナリーが訪れる的な話を書きたかっただけです。
・・・何気にアレン←リナリーを意識していたり。