いきなり、何を言ってくるのかと思えば。


秋の匂いが漂う、小さな村。その村に一つしかない郵便局に自分が勤めて、もう何ヶ月経っただろうか。先輩こと相棒の引き起こす事件の多さには、毎度のことながら頭が痛くなる思いだ。だがそれ以外、配達や普段の仕事に関してはもう手慣れたもので、数ヶ月前と違ってわれながらよく成長したと思う。今は、この平凡な日々に幸せを感じているところだ。そんなある日。夜の帳が落ち、夜空に星が瞬いている午後十時。

「すまん、泊めてくれ」
「……………お引き取りください」

 ピシャッ!
 先ほどの会話を説明すると、仕事が終わって居間で寛いでいた時に突然玄関のベルが静かなこの家にけたたましい音を響かせた。何事かと思い急ぎ足で当の場所向かい、勢いよく引き戸を開けると、そこには相棒が枕を持って立っていた、ということだ。というか、何故あの人は枕なんか持っているんだ。泊まるならもっと別のものが必要なはずだろうに。と思っているといきなり閉めたせいか、玄関外の人物が引き戸を開けようと力を込める。が、こちらも入ってこられては困る、有らん限りの力で戸を逆方向に押した。
「相棒が泊めろって言ってるんだ、快く入れろ!」
「入られたら困るからこうしてるんじゃないですか!つか何で来たんだアンタ!」
「いや、もうすぐ“サルでもわかるピッキング講座”が始まるから」
「誰の家侵入する気だよ!?つかなにその怪しい番組?!どこも放送しないよ!」
 相棒の発言に突っ込むことに力を入れすぎて、引き戸に向ける力が弱まってしまう。それを狙ってか、引き戸の外にいた彼はまんまと力押しで中に押し入ってきた。はっきりってこれは世間で言うところの「不法侵入」じゃないだろうか。あきらかに住人が嫌がっているのに。どうやら今日の夜食に用意しといたプリンは、このまま冷蔵庫に仕舞って置いたほうがよさそうだ、そうでなければ目の前の人間に奪われる確率がかなり高い。
そんな色々なことを玄関口で考えていると、気づけば不法侵入を実行した相棒は何の気兼ねも無く奥に入っていた。いつの間に入ったんだよ、と愚痴を零しつつ今のほうに足を向けると、早速テレビをつけてすっかり寛いでいる彼の姿に、この日一番大きいため息をついた。自分にはこの人に振り回される運命でもあるのだろうか。

「まだ聞いてませんでしたけど…なんでいきなり来たんですか?
自分の家に戻ってみれば良いじゃないですか」
「それができるなら、こんなボロ家には来ねーよ」
「……今すぐ追い出してやろうか、この不法侵入者め。」

 暫くして、というか彼の言葉へ対応が一段落ついたころ、本当にこの家に来た理由を問いただしてみた。どうやら目の前の相棒は、自分が帰った後、郵便局の裏手の「局長専用スペース」にある盆栽を、うっかり(というか野球中継でテンションが上がり、近所の子供とキャッチボールをしていたところ)破壊してしまい、「仏」とも称されるほど近所では優しい青年で有名なあの局長が仏の顔から一転して、夜叉か阿修羅の面とも言えるほどの形相で詰め寄ったところ、相棒が余りの恐ろしさに逃げてきた、というわけだ。どうやら家の前で待ち伏せている可能性があるらしく、自分の家に来たらしい。この時点で相棒の言うべき言葉は「泊めて」じゃなく「かくまってくれ」、のはずだ。それより、三十にも満たない好青年の趣味が盆栽いじりとは、世の中分からないものだ。

「お、プリン見っけ。いいもん持ってんなー、お前。あの安月給でさ」
「いやそれは節約して……って、なに人の家の冷蔵庫漁ってるんだよ?!」
「お前のものは俺のもの、俺のものは隣の山田さんのものだ。」
「何だよその中途半端なジャイアニズム?!
 ってか、山田さんってあのお婆ちゃんのことかーっ!」
「ああ、いつもご飯もらってる」
「……それを“餌付け”っていうんですよ、先輩」

 “山田さん発言”で一気に突っ込む気が急降下した。楽しみに取っておいたプリンは目の前の人物に見るも無残に食べられている。混ぜて食べるな、と言いたい所だが食べられたことが余りにも衝撃的過ぎて言葉を投げつける気にもなれない。明日、プリンの代償に大量の未提出の始末書を彼に渡してやろう。あまりの量に可哀想で渡せずにいたが、京で決心がついた。ある意味ありがとう相棒、そしてさようなら。あの多さだと徹夜になるだろうが、溜めたものはいつかは自分に帰ってくるものだ、言ってしまえば、これも身から出た錆と言える。
 秋風が戸を叩き、半月が黒い雲の間から顔を覗かせる時間。しんしんと深まりつつある夜に村の人たちの生活の音が静かに聞こえる。隣家の家族同士の会話や、農作業を終えたトラックがでこぼこ道を通る音がこの村の平和の証だ。今の柱に背を垂れて目を瞑ると、先ほどの憤りが嘘のように霧散するようだ。背中に感じる冷たい木材独特の温度が、心地よかった。暫くしてふと目を開けると、電気が消され部屋は真っ暗だった。それを確認すると同時に、自分に毛布が欠けてあったことに気づく。少しはなれたところで聞こえる大きな寝息は、おそらく相棒のものだろう。
 (まぁ、明日は始末書を手伝ってやっても良いか…)
 相棒って良いもんかもしれないと、久々に感じたのだった。






















 その次の日、風邪で寝込んだ相棒を局長が見舞いに行くのは、また別の話。





+あとがき+
おまけ扱いのつもりだったんですがよくよく思えば1話分の長さだった・・・
ちなみにこれ、昔書いたので昨日掘り起こしてみました。
昔って言ったって数ヶ月前ですが・・・少し前のでも、
前書いたものってのは恥ずかしいものです。
この後の話からすると、先輩は布団で横たわりつつ未だ怒りのオーラを纏った局長に
お見舞いに来てもらい寿命を縮めたり縮めなかったり・・・・(どっちだ)
また気が向いたら書きたいです、この二人(笑)