文句の一つも言えない、その言葉に硬直する。



輝かしい朝日が窓から差し込む、とある日。
先輩であり相方の男は事も無げにその言葉を吐き出す。スナック菓子を齧りつつ言うべき言葉ではないそれに、僅かな怒りを覚えながら。
「てっ転勤ですか?!」
「そ、転勤。」
そもそも郵便局に「転勤」という言葉が存在するのかは知らない。というか先輩、貴方バイトじゃなかったんですか。と言いたいことは沢山あった“転勤するんだ”という彼の言葉に空いた口が塞がらない。そういう言葉はきちんとある程度心の準備をした時に言って欲しかった。局長にいたっては、少し離れた場所で盆栽の世話をしている。ふと朝見た星座占いで自分の星座が十二位にきていることが思い出される。“思いがけないことがあるかも”と高い声で言うキャスターの言葉などさらさら信じていなかったが、まさかこんなときに当たってしまうとは思わなかった。

(じゃあ俺は・・・明日から二人分の仕事を一人でやるってこと?!)

まさか、と顔を歪める。こちらの表情に気付いたのか先輩は「まあ気にするなよ」と気楽そうだが、こちらはそれ所じゃない。相手の行く先がふと気になって、「何処に行くんですか」と聞くと上手い具合にはぐらかされる。

「いやさ、最初は実家に帰るだけだったんだけど・・・
なんか母親が“こっちで働け”って煩くて。大体明日ぐらいかな、出てくの」
「明日って・・・なんでもっと前から言ってくれないんですか」
「いや、パーティって言っても俺ら給料日前だし。
局長に頼んでも盆栽に金使ってるだろうしなあ・・・」
「アンタはパーティのことしか考えてないのかーっ!」

いつもの掛け合いは変わらない。だが明日から彼がいないと思うと何処か心が楽になったような、空っぽになったような気分だった。淋しいとは感じないが、惜しさも感じない。只何と無く「しょうがない」と思っていた。親の言葉ではどうしようもないだろう。意外だと思ったのは、彼が存外母親思いだったことだ。


何だかんだで次の日、自分は彼を見送った。一時間に一本ぐらいしか来ないこの街の電車を待ちながら(その待ち時間に一時間つき合わされ)、普段と変わらぬ掛け合いが繰り広げられる。暫くして彼が電車の中に消えたとき、ふとあることが思い出される。
「・・・・あ、貸したお金返してもらってなかった。」
確か全額で五ケタはいっているだろうその金額。もしかして彼に連絡先を聞いても教えてくれなかったのはこの為か。給料日前にあてにしていた彼への借金だったが、その人物がいない今あと一週間どうしようかと頭の中を考えが巡る。ちらちらと降りはじめた雪を眺めながらその場に立ち尽くした。
「で、彼に借り逃げされたと。」
「そうなんですよ・・・・局長、給料日を早めるとか出来ませんか?」
「駄目ですね、一応バイトといえどこういう職業ですから」
相方がいなくなって一週間。僕が取り締まられますからと困ったように微笑む相手にそれ以上言及できず、ぐっと言葉を呑み込む。配達も終わって自分の机(人員不足で余っていた物)の上に突っ伏した。大変だと思った仕事は案外速く終ってしまった、思うに仕事が増えていたのは彼のせいだったかもしれないと茫然と考えた。「なんか、暇ですね」と呟くと局長が「そうですね」と言葉を返す。乗り気になれないというか不思議と気分が優れなかった。こんなゆっくり出来るのは久しぶりだが、だらけるだけだったら、出来れば味わいたく無い気分だった。

「彼がいなくなって、淋しくないですか?」

相方でしたから、と付け加える局長に「いや、そういう訳じゃないんですけど・・・」と言葉を濁す。この気分を淋しいというなら随分とお粗末だなと思う。そういう気持ちはもっと別の場面で現れるものだと思っていたからだ。それがTVに出ている今生の別れであったり、涙を誘うそれであったりというイメージをもっていた。彼の性格上、何処へ行こうがたくましく生きていく様な気がする。この気持ちは淋しいと言うより。

「なんか、つまんないっていうか・・・・
何だかんだであの人には世話になっていたんですよね」
「そうですか・・・その言葉が聞けて、彼もよかったでしょう」
「へ?・・・・・か、彼?」

後ろ、後ろと指差された先には大きいボストンバッグを持った元・相方が「よっ」と手を上げて立っていた。驚きのあまり椅子から転げ落ちた自分をあの頃と変わらずからかってくる。何で帰ってきたんですか、と言うと彼にしては珍しく顔を顰めて口を苦くしていった。
「母親と話してたらさ、喧嘩しちゃって・・・
いきなり『もういっぺん修行してこい』とか言い出して家追い出されたんだ」
「バイトが修行って・・・どんだけ金持ちなんだーっ!」
俺なんか家計のためですよ、などと的外れたツッコミをする自分を尻目に、相方はボストンバッグを自分の机において、さっさと局長にバイトに必要なもの一式を差し出している。マイペースな所も何時までたっても行動が唐突なのも変わらないことに、軽く溜息をついた。相変わらずだなぁ、と零しながら再び相方となった相手の下へ歩いていく。自分が「先輩」となった今でも、きっと自分は癖で彼のことを先輩と呼ぶのだろう。騒がしくとも充実した日々が返ってきた。

「・・・・またよろしくお願いしますよ、相方さん」
と相手に聞こえない程度の声で呟く。
そうしてまた普段と変わらぬ日々が、

























今日が終わっても これからもずっと



+あとがき+
実はオフラインで書いた「二人の郵便局員」が元になってたりします。
もっと遡ればとある日、友人の柚吉殿が書いた二人の郵便局員からインスピをもらいました。
その落書きに惚れて部誌に書き、とうとうサイトに・・・という道を辿っていたり。
この二人は書いているとき思う存分ギャグが出来るので大好きです。
三話じゃ書ききれないネタもあったりするので、また機会があれば書きたいなあ;
ここまで書くまでに至った絵を描いた柚吉殿にこの場を借りて感謝・・・!
まだまだ世界を広げたいと思います。とりあえず局長をまた(笑)
ふと思ったんですが、先輩のお母さんってマイペースそうだなぁ・・・と。