怒りから殺意に転換することは意外にも簡単な事に気付く。



とある小さな郵便局に自分は勤めている。場所は絵に描いたような田舎の風景。山々が連なり、遠くに見えるのは細いあぜ道の両脇に田畑が広がる姿。赤いポストは都会にあるような細い脚の四角いものではなく、レトロな雰囲気を醸し出す寸胴な長方形に近い身体をしている。配達はこの村全部、時給は七百三十円で作業は殆ど手作業という時代の遅れぶり(要はパソコンが無いのだ)
そんな郵便局はこの季節、大変忙しい。年始であるこの時期、小さい所為か繋がりが村中の色々な場所に飛ぶ年賀状の仕分けや配達が行われるのだ。だがそんな目の回るような忙しさも、夕方を過ぎれば次第に和らぐ。残るは郵便局に帰り、仕分けをするだけだ。

「はぁ、疲れたー。ただ今帰りましたぁ・・・・」
「お。おつかれー、どうだった?」
「・・・・“どうだった“って・・・後輩に配達全部任せて何やってんだあんたは?!」
「いや、俺最近腰痛気味なんだよ。心なしか足もしびれてきてな・・・」
「アンタ何歳ですか。つか嘘だろそれ!」

いくら叫んでも、先輩相手には通用しない。
ぶつぶつと文句を零しつつ自転車を止めて荷物を自分の机に置いた。
目の前の青年は自分の先輩だ。自分より一年早く来た彼は言うならば「トラブル・メーカー」。自転車を他人の家に突っ込ませるわ、配達を自分に全部任せるわ、挙句の果てに数週間前に自転車を壊し、局長から無言の圧力を受けた。局員総数二人、局長を含めても三人の極少数で働くここでは、彼は自分の相棒的存在だった。といっても最近は何だかこの仕事に嫌気が差してきた(だがそれを局長に言うと、涙ながらに説得されるのであえて言わない)けれど。
「あーもう、いいですよ。えっとアイス、アイス・・・・」
郵便局の冷蔵庫に隠しておいた、安月給の結晶ともいえるアイスを探す。開いた冷蔵庫からは冷気をお見舞いされる。この寒空でアイスも難だが、働いた後では何でも美味しく感じるし、それが給料で買った物であれば美味しさは数倍にも増すと思う。嬉々と鼻歌を歌いながら冷蔵庫を漁る、が一向に例の物は姿を現さない。

「あれ?まだ食べてないのにな・・・・先輩、何か知りません
――――・・・・か・・・・・」

と振り返ると、そこには自分の給料の結晶であるアイス棒をくわえた男の姿があった。自分のことなど素知らぬ風にテレビの格闘技戦を脚組みして見ていた。彼の姿を唖然と見ている自分の頭の中は混乱していた。何故、彼が自分のアイスを食べているのか。ていうか何時とったのか。とりあえず理解できたのは、彼が自分のアイス(給料の一部)を取ったと言うこと。

(こっ・・・コノヤロウ・・・・・っ!!)

 腸が煮え繰り返る気分で気付かれぬようにゆっくりと相手に近づく。
 「何・・・・食べてるんですか?先輩・・・」
 「は?アイスだけど。これお前の?」
 呑気な相手の言葉に一気に腹の底に溜まった熱が噴出す。形振り構ってられない、とりあず相手に抗議しなければ。顔が引きつるのがわかる。

「そうですよ!俺の給料でやっとの思いで買ったのに・・・っ。弁償してください!」
「できるか。年賀状が飛び交うこの季節アイスなんか食ってんなよ。見てるだけで寒い」
「見るだけに留まらず喰ったのは誰だーっ!ていうかアンタは配達して無いだろ!
 あれは・・・俺の唯一のオアシスだったのに・・・・っ」
「アイスがオアシスなんて、錆びれた奴だなー」
「お笑い番組が生きがいのアンタに言われたくないです」

思い出せば目の前の男は、お笑い番組のスペシャルを見るためだけに自分の家に来たことがあるのだ。布団を勝手に押入れから引きずり出すわプリンを食べるわ(これもまた安月給の結晶だ)で散々な目にあった。いざと言うとき彼は頼りになるが、そういう人間に限って普段の生活が全く駄目だったりする。やっぱり今度送る母への手紙の「先輩は大変元気な人です」の部分を「大変迷惑な人です」にでも変えてやろうか、なんて考えが過ぎる。アイス一つに騒ぐ自分も、随分と平和な精神を持ち合わせたもんだ、と心の何処かで達観した気分だ。

(局長に給料上げてもらおうかな・・・)

あの人に「じゃなきゃ、やめますよ」というのも効果的かもしれないが、残念ながら只でさえ金庫の中が寒い郵便局だ、追い討ちを掛けるような言葉を言えるほど自分は人間ができてない。仕様が無いが弁償して貰うのはあきらめるとして、せめて彼から謝罪の言葉でも賜ろうか。

「先輩、せめて“ゴメン“・・・とかないですか」
「うーんでもなぁ・・・俺の思想的には入れとくほうが悪いって」
「どんな思想だよ!つか何処から拾ってきたそんなもん!」
「いや俺の中から生まれた奴だから。難産だったけど」
「生まれるって言わないだろそれー!」

(ああもう、どうにかしてくれないかな、この人!)

殺せまで言いませんから三分の一殺しぐらいにしてくれませんか、神様。と現実逃避気味なことを頭の中で考えつつ、捲し立てられるように放たれる彼のボケにツッコんでしまう自分が悲しい。実のところ、今度彼のお茶に雑巾の絞り汁でも垂らそうか迷うところだ。































望みは何かと聞かれたら真っ先に。