「シン、ちょっと手、貸して」 いつも、唐突に。 ベッドで寝ながらゆっくりと本を読んでいる時に、いきなり声を掛けられて、いきなり部屋に入ってきて、誰かと思ったら。その本人の第一声がこれだ。 シンは、大きく目を丸くする。 「手、って・・・・?」 寝た姿勢のままルナの前に手のひらを出す。 いきなり“手”といわれても、何をするのかわからなかったが、とりあえず手のひらを差し出す。 すると、ルナはしゃがんで、 ピタ。 一瞬の沈黙が流れる。 こともあろうか、ルナはいきなりシンの手のひらに自分の手のひらを重ねた。 「な、なんだよ・・・・」 いきなり来られて手のひらをくっつけられるなんて、誰が想像しただろうか。シンは、早鐘を打つ自分の胸を必死になって抑えてつつ、拗ねたような表情を浮かべるルナに聞く。一方のルナはじっ、と重ねた手のひらを見据えると、ため息交じりで口を開いた。 「うん、やっぱりシンの方が大きい」 「・・・・・・は?」 シンは情けない声を出すが、無理もなかった 確かに手はシンの方が大きいが、一体それがどうしたのだろうか。シンはルナの行動を掴みきれずにいた。 「シン、身長いくつだったっけ」 いきなりの問いかけに、シンは狼狽する。少し間を置いて考えると、言った。 「たしか・・・168ぐらい」 「やっぱりかー・・・・」 ルナはため息をつく。本当にため息をつきたいのは自分のほうだ。とシンは心の中で恨み言のように呟くが、ルナはそんなシンの様子に気づかないようだった。 「あー、悔しいなぁ・・・」 「悔しいって・・・・何が悔しいんだよ」 ルナはシンの横に座ると、「ふぅ」と深呼吸をして言った。 「やっぱ、勝てないかなってさ」 思いがけないのは慣れてはいたが、いきなりこう言われても、なんと反応したらいいのか迷う。 「勝てないって・・・身長が?」 『そんなの、当たり前だろ』と言いたかったが、本人が怒りそうなので、あえてその言葉を飲み込む。 「うーん、なんていうかな。がんばっても、やっぱり体力とか、勝てないのよ」 その言葉からは、彼女の負けず嫌いな性格がよく出ている気がした。シンは上半身だけ起こすと、ルナのほうを向きなおす。さすがに寝ながらの姿勢だと首が痛くなってきたらしい。 「他で、勝てばいいだろ。ルナにしかできないこととかさ・・・・」 「私にしか出来ないことって何よ?」 拗ねた子供ように聞いてくる彼女を、シンは面白く思った。 「そんなの、俺に聞くなって。ルナが考えろよ」 「何よ、ケチくさいわね。こっちが真剣に考えてるっていうのに!」 隣で騒ぐ彼女に目を向けるのを止めて、代わりに雑誌に目を移すと「目を見て話せ」とまた一段と五月蝿さに拍車がかかる。 「将来勝てばいいだろ、今そんなこと考えなくたって・・・・」 “別にいいだろ”といいかけるが、ルナがへそを曲げたような顔をしたのを見て、口をつぐんだ。 「あー・・・・・・・・・・・ルナはさ、将来何がしたい?」 気まずくなった際の、苦し紛れの言葉の様にだ、とシンは思った。 話を変えたことが功を奏したのか、ルナは腕を組んで考え込む。 「確か・・・・小さい頃は“お嫁さん”かな」 ・・・・・・ドサ。 柄にもなく一瞬頭の中が真っ白になっておもわず雑誌を床に落としてしまった。その原因であるルナは、気づいた様子もなくこちらを不思議そうに見ていた。 「・・・・・誰の」 声のトーンが自然に低くなる、誰の嫁になりたかったか、一番聞きたいところだ。「わかんないわよ、そんなの」と、彼女に言い返される。「何だよ、それ」と呆れながら床に落ちた雑誌を手に取った。 「ただね、指輪とかは憧れだったかな。・・・ほら、薬指につけるやつ。」 なんとも嬉しそうにいうものだから、それこそどう反応しようか悩む。ルナにも こういう一面があるんだな、とシンは悩みながら頭の隅でそう思った。 「今はあんまりそう思わないけど、ね」 悪戯っぽく笑うルナに、シンは口元を緩めた。 「へー・・・・」 女というものはどうでもいいことを気にするものなのだろうか。指輪など、婚約を結んだというただの証でしかないような気がするが、やはり女の子にとっては「結婚」というものが憧れなのだろう。 (男勝りのくせに、こういうときには女らしいんだよな・・・・・) シンは心の中で密かに呆れていたが、妹も確かこういうことを言っていた気がした、と思った。 「ルナってさ、誰か好きな人いる?」 もしいたのなら、ルナはその人から指輪を貰いたいのだろうか。と思って、どうやら脈絡の無いことを聞いてしまった。 「うーん、シンかな」 ドサ。 せっかく拾った雑誌が、再び床に落ちる。 「・・・・は?」 また、なんで・・・・ 頭の中からはさまざまな疑問が飛び飛び交うが、その行為も次の彼女の言葉でほとんどが無に還ってしまった。 「あと、メイリンとか艦長も好きだし・・・レイとかヴィーノやヨウランとか・・・」 ああ、そうだあの人も。とルナは数え切れないいろんな名前を次々と言い並べていた。 (あ、そうか。好きって・・・友達としてか・・・) 少しでも期待してしまった自分に後悔した。彼女にとって、今のところ特別な「好き」というものは存在しないらしい。不思議と、どこか、少し悔しい気がした。 「なんかさ・・・うん。ルナらしいよ」 彼女らしい。と、シンはただ漠然とそう思った。 「私らしいって何よ。シンは私を嫌いなわけ?」 むすっ、としたしかめっ面で頬を膨らます彼女を面白く思いながら、シンは急いで弁解しようとする。 「いや、違うって。俺はルナのこと嫌いじゃないし・・・」 ましてや、さきほどまでの悔しい思いを自覚しているというのに「好き」とは言えない。口に出そうにもなんだかすごく恥ずかしい気がする。聞く分にはいいが、聞かれると困るというのはこういうことなのだろう。 「分かった。うん、許す」 「・・・・何をだよ」 「私を心配させたことよ」 ルナは悪戯っぽく笑っている。一方のシンは苦笑しながら、「はいはい」と相槌を打っていた。 今はまだ、言えないと思うけれども。 「薬指、空けといてくれると嬉しいんだけど・・・」 「へ?」 しまった。とシンは思った。薬指は、女性にとってどう云う所なのか、知ったばかりだというのに。 「は・・・・?」 ルナが余程驚いたらしく、びっくりした様子でこちらを見ている。 「あー・・・と・・・」 言葉が続かない。きっと、自分の顔は耳まで真っ赤なのだろう。 シンは、言葉を詰まらしたあと、「ちょっと外行って来る」とだけ残して早足で出て行く。 その姿を、ルナは不思議な様子で見送った。 |
Palm (独):手の平