食堂で頼んだアイスクリームの味は、格別だった。







「隣いい?アレン君」
「へ?」

柔らかな声が発せられた先に視線を向けると、そこには初めて教団を来た時に案内してくれた人―――リナリー・リーがいた。突然の彼女の登場に驚いて、口の中に詰め込んでいたスパゲッティを喉を詰まらせそうになる。手近にあった水を一気に飲み干し、笑顔を顔に浮かべて目の前の少女に「はい、どうぞ」と声を掛ける。リナリーは「ありがとう」と嬉しそうに微笑んで自分の前の席に腰を降ろした。
これまでの経緯を振り返ってみる。今日はちょうど、任務から帰ってきた日だった。ただ“今日”といっても午前1時や2時くらいの話だが。それから睡眠をとっていると、気付かぬうちに昼になってしまい、朝御飯を抜いてしまった分を昼御飯で補うため、いつもよりやや多めに食べている時にちょうど彼女が来た、ということだ。

「こうしてアレン君に会うのも3・4日ぶりだね」

彼女はそう言うと、カプチーノの注がれたカップを両手で包み、長テーブルに肘を突いた。しみじみと話す様子から、まるで一年近くも会っていない友人と話しているようだった。

「え?・・・・・っゴホッ!・・・・・・・あ、はい。そうですね」

ただ座るだけだと思ったので、彼女に「どうぞ」と言ってしまった後、不覚にも口に食べ物を詰め込んでしまった。まだ周りには、空席がある。彼女が“会話”をしに来た事になぜ気付かなかったのだろう。単純な自分の思考回路を恨めしく思いながら急いで口内にあるものを呑み込んだ。少々むせたが、なんとか話を繋げる事が出来た。

「それにしても凄い量ね。育ち盛りなのかな・・・・アレン君って何歳?」
軽く10枚は超えている皿の山を見つめながらリナリーは驚きつつも、こちらを向きなおし、微笑みながら訊いた。
「僕は15歳くらいです。・・・・え・・・っと、リナリーは?」
「私は1歳年上だよ。16歳なの」
「へぇ・・・・・そうなんだ。じゃあ、僕よりお姉さんなんですね」
「うん、そうだね」

会話が一段落つくと、奥にあったデザートから一品だけ引き抜いて自分の前に置いた(先ほどの皿で丁度メインが終わったので)。会った回数がまだ指折り程度だったためか、自然とあまり失言がないようにと心掛けていた。だが、話してみると意外に気楽だった。教団内で年が近い人といえばまだ初任務の相手だった神田ぐらいしかいなかったため、こうして気を楽にして話すのも久しぶりように思えた。

「リナリーは、いつも忙しそうですよね」

いつも厚い書類の束を抱えながらせかせか走っている様子を何回か見たので、リナリーと会う機会があまりない事には納得がいく。女性にはあまり重いものを持たせられないと、見かけたらなるべく手伝うようにしている。そう考えながら、「やっぱり室長助手って大変なんですね」というと、少し思案顔で「そうでもないよ」と彼女は答えた。
お互い食事の合間に会話している内、自分は食べ終わっていた。しばらくすると、彼女はデザートに手を掛けようとした。その時ふと、こちらを向いた。

「あ、そうだ。言おうと思っていたんだけど、ここのアイスクリームってすごくおいしいのよ」
「えっ、そうなんですか?まだ頼んだ事なかったなぁ・・・・・」
「うん、今度頼んでみなよ。すごくおいしかったから」

会話を続けていく内に、どうして自分に教えてくれたのかと尋ねると、「だってアレン君、本当に美味しそうに食べていたから」と返してくれた。そんな美味しそうに食べている顔ってどんなだろうかと考えると少し気恥ずかしくなった。

「私と近い歳の人ってあんまりいないから、アレン君がきてくれて嬉しいな」
「あ、ありがとうございます」

僕もです、と照れながら笑い、そう付け加えると彼女はクスクスと面白そうに笑った。そして他愛もない話を続けるうちに、彼女も食べ終わったらしく、席を立って食器を返しに行く。それに便乗して自分も食器を返しに行くついでに、彼女の言っていたアイスクリームを頼もうと思っていた。だが、ふとある事を思いついてそれをやめる。
いつも食事を頼む場所に以降とした途中で帰ってきた自分を不思議に思ったのか、リナリーに「何かあったの?」と尋ねられた。

「いえ、今度食べる時まで楽しみをとっとこうと思って」
「へぇ、そうなんだ」

ころころと話題が変わったり、相手の言葉に頷いたり、くだらないことで笑ったりすることに不思議と幸福感を覚えた。自分の年齢から言うとおそらくこの行為が“普通”なのだろう。今まで年上の人(つまりは大人)としか話した記憶がなかった。確かに全く、同い年の人と話す事がなかったわけではない。ただ、本当に「久しぶり」の事なのだ。そう思うと、胸が嬉しさで満たされていくような感覚があった。

「じゃあ私、預かってた書類を科学班に届けに行くから」

「昼御飯、付き合ってくれてありがとね」と彼女は言葉を残すと、くるりと自分に背を向けて広い廊下を駈けていった。自分も自室へと足を進めるため、ゆっくりと彼女に背を向ける。ふと、リナリーと一緒にはなすことが滅多にない機会だったように思え、少々名残惜しい気持ちが胸に募った。その中には、言いたいと思ったことがいえなかったことへの後悔が含まれている。
彼女の黒いブーツが床にぶつかる音が徐々に遠くなっていくのが自然と分かった。大きい溜息を一つ吐く。すると突然、耳に響いていた足音が突然止まった。視線をリナリーが去っていった方向へ向けると、何か叫んでいるらしく急いで今までの方向と逆向きの―――――彼女のいる所へ走った。
全力で疾走した影響だろうか、息を荒げてようやく相手のいる場所に着く。リナリーは自分の様子を見て「ごめんね」と困ったように微笑んだ。それに「いいえ、大丈夫です」と返し深呼吸を繰り返して息を整える。

「言いたい事があって・・・・これからもよろしくね、アレン君」

そう言うと、彼女は手を差し出した。握手の合図だと思い、とりあえず彼女の手を握った。

「はい!僕のほうこそ、宜しくお願いします」

と返すと、相手は何か思いついた様子で握手を解き、微笑んだ。何があったのだろうと気になって尋ねる。彼女は歳相応の笑みを浮かべ、面白い事を思いついた子供のように首を傾げて言葉を紡ぐ。

「あとね、今度時間が空いたら、また一緒に食堂へいかない?」

  アイスクリーム以外にも美味しいものを紹介するわ、と付け加えられた彼女の言葉を聞いて、自分の言おうと思っていたことを相手が先に言ってくれて助かった気持ちを含めて嬉しさの余り勢いよく「はい!!」と大きく返事をしてしまう。その様子が余程可笑しいのか、相手は控えめに声を出して笑っていた。瞬間、(やってしまった!)と自分の行為を悔い、気恥ずかしくなって「笑わなくたっていいじゃないですか」と言いながら顔が熱くなるのがわかった。
 そうしたことを繰り返しながら、彼女と離れた。名残惜しい気持ちを、(暫くするとまた任務だ、気を引き締めていかなくては)と自分に言い聞かせて抑えこんだ。ただ、彼女と一緒にいた心地よさは忘れないようにしたいと思う。

























 アイスクリームは、彼女と再び食堂に行く時までのお楽しみだ。




glace (仏):アイスクリーム




+あとがき+
趣味です、趣味。(いきなり)
このサイトは文に食べ物が出る確率が異様に高いと再認識させられました。
50%はゆうに越えているだろうな・・・。
とりあえずこれからも趣味一直線でがんばります(・・・)