サナギ色の私は、茜色に染まる彼のいる場所には行けない。
膝の上に、心地よい重さを感じる。肩を揺すれば起きてくれる程に、穏やかな表情で少年が眠っている。体中傷だらけだった彼の身体は、いつの間にか洗い流された様に綺麗になっていた。この庭園の加護を受けたのか、だが彼が永遠に生きることは無い。彼の時間が止まったのは、ちょうど息が止まったそのときだった。なんとも酷いことをしてくれる、彼を生きさせてくれることさえしないのか。と最初は考えたが、その後すぐにそれらを否定した。永遠に生きることを彼は拒否するだろうと思ったからだ。あの時自分の問に「大人になりたい」と言っていた彼が自分より先に消えてしまった。新しい「番人」が訪れなければ、それは当然のことだろうが。
てんとう虫が彼の髪を撫でる自分の指先に止まる。紅いその虫にふっと息を吹きかけようとした寸前、ふと思い出した歌を歌う。
Ladybird, ladybird,
Fly away home
Your house is on fire
And your children all gone;
All except one
And that's little Ann
And she has crept under
The warming pan.
唄を終えて、息を吹きかけた。虫は何処かへ飛び消える。
また会えるかもしれない、彼の血を染み込ませたあの虫とは。
彼がいなくなってからずっと、私は羽化を待つ蛹の様に心を乾かせた。この永久の春に囲まれ続ける自分は、いつか彼の名前すら思い出せなくなるのだろうか。
少しずつ掠れる彼の記憶。だがそれも屋敷に眠る少年に会いに行けば、流れ込むように記憶が蘇る。庭園は未だ、彼の時間を止めたままだ。そら美しい蝶は変わらずアーチの周りを舞い踊る。その翅で何処へ飛ぶのだろうか、あの蝶もまた「入り口」に囚われているのだろう。冷え切った彼の身体に触れれば、いつも涙が溢れてくる。いっそ見えなければよかったと、蝶を恨み蝋燭を投げて燃やした夜。燃え殻は若々しく草の生い茂る地面に降りかかる。その辺りから植物は灰色に侵食されていく。だが数つか夜を越した日、蝶は再びアーチの周りを飛び回っていた。
屋敷の傍に佇む桜が花弁を散らす。手入れの必要の無い、枯れもしなければ壊れもしない花や木々。恐怖を感じないのは、慣れてしまった所為か。
――枯れはしないけど、きっと水は恋しいんじゃないかな
植物だし、ただ今でも森は怖いけど。だけれど僕も、この庭園が好きになってきたよ。
そう言って笑みを零し、植物に水を与えた彼の気配すら未だその場所に感じるようで。今となっては悲しい記憶だ。それらは今では、こんなにも胸を圧迫する。
出口を探したあの日から暫くして、ぎこちない仲はいつの間にか修復していて。森に比べれば庭園はまだ恐怖を感じない、と苦々しい笑みを零した彼はもう。どうして人は消えてしまうのか、と考えたことがある。それはどの本にも応えは載ってないが、この庭園にいる限りは自分にとって考えるだけ無駄なことだ。ここでは時間が流れず、老いることも病に伏すこともないのだから。
彼の眠る部屋の窓が開いていた。灰色の世界が広がるこの部屋に、桜の花弁が舞い散る。桜色に染まる棺のようなベッドに唇を落とすも、花びらに埋まる。いつか彼の身体も崩れてしまう日が来るのか。灰色に消えそうな少年が、とても弱弱しく見えた。
―――誓うよ。
君の身体が崩れぬ限り、傍にいる。この庭園で、二人でいよう。
穏やかな空、咲き誇る薔薇の花、変わらぬ光景。
そこにいたのは、感情の時すら刻むのを止めた少女だった。
宙を描いて 空に、散った。 花畑は棘に変わって、道をふさいで。
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