一目見たとき思った。砂糖菓子のような、少女だと。



 白いアーチに巻きつく赤薔薇。足元の芝生は青々と茂り、広大な庭園は森に囲まれ、空は先程まで自分のいた場所のものと変わらなかった。月灯りが深閑としたこの場所を照らしていた。僅かな光量が注がれた白いテーブルの佇むには場所には人がいた。月光を浴びて煌く艶やかな黒い長髪、暗闇に浮かび上がるような雪白色の肌を持った少女だ。白いワンピースに水色の打ちかけを身につけたその姿は、今まで見たことが無いほど綺麗なものだった。テレビに映っている、あでやかな人物達とは掛け離れた、触れることすら許されないような神秘さ。それらに、言葉を失った。

 「君は、誰?」
 暫く経ったのか、気付かぬ内に言葉が外に放たれた。自分の言葉に彼女は困りきった様子で柔らかに首を傾げて「貴方は?」と問い返した。それから自分の名前を言うと、相手は小さく「そう」と応えて屋敷に行った。彼女の行動を全く理解出来なかった自分は、ほぼ直立のまま背負っていた鞄すら地面に下ろさず暫し困惑していた。少しの沈黙を経て、彼女は屋敷から姿を現した。どうやらテーブルに新しいティーカップを加えたようだ。真夜中にお茶会なんて、と訝しむ自分に気付いた彼女は「どうぞ、お茶を淹れたの」とぎこちない動作で自分が座るであろう椅子を引いた。車椅子がギィッと鳴る。迷った末に結局はその椅子に、座ることとなった。
 


 彼女の話を聞いて驚いた。年齢を聞いて、それはさらに増す。本当に出られないのか、と尋ねると彼女は首を縦に振った。「もしかして、僕にも何か出来るかもしれない」とその場の勢いで言い出し彼女の車椅子を引いて白いアーチをくぐった。だが、幾度くぐれどもまたそのアーチの前に来てしまうだけだった。蝶に触れども何も変わらない。メビウスの輪のようだった、何処に行こうとも再び同じ場所に来る。見えない敵とイタチごっこでもしているのだろうか、そんな考えすら生まれてきそうな程。

 「・・・・森は、行った事ある?」
 「いいえ、まだ行ったことは無いけど・・・」
 「じゃあ、そこが出口かもしれない・・・!」

 殆ど自暴自棄に等しかった。とにかく彼女だしたい、という考えで頭の中は満たされていたのだ。苦しんでいる彼女をほっとけない、と自分の心に嘘をついて、今にも折れそうな彼女の手を祈るように握りながら車輪を進める。まるで獣道でも歩いているような気分だ、背後から姿無き敵が草木を揺らす感覚。心を攻め立てる言いようも無い、戦慄にも似た感情。息は乱しながら走る中、一人の少女すら助けられない情けない自分に涙が零れそうだった。だがそれ以上に込み上げるのは、あの「庭園」という名の誰にも冒されぬ聖域に対する恐怖だ。決して崩されぬ常しえの春。この少女は、こんな場所で長い時間を過ごしたのだろうか。ある意味、見えぬ獅子や虎に囲まれたような死を許されぬ空間で。
 「ごめん、もう少しだから・・・・」
 少女は疲れを見え隠れさせながら、ぎこちない笑みを浮かべた。「私は大丈夫」という声は震えていた。心の中で何度も謝りながら森を突っ切る。どのくらい時間が経ったのか、森の果てが見えた。それは白い地平線。それを見た時、自分は興奮気味で少女に「あれが出口だよ」と声をかけた。そしてとうとう地平と合間見えた、と思った。だが、その直後、墨汁を垂らした様な白と黒の斑模様の霧が自分達を包みこんだ。そして気付けばまた、あの庭園の中心に戻っていた。
 


 ――もういいよ。私は外に出たとしても、その瞬間に死ぬから。

 その時初めて、前の「番人」の話を聞いた。零れる涙を抑えきれず俯く少女に、「ごめん」と繰り返した。大切な人を悲しみに浸すことは、こんなにも罪悪感を伴うものなのだと知った。ただ、赦して欲しいと思う。弱い自分と、君の涙すら美しいと思ってしまった自分を。孤独に彷徨う彼女を救うなんて、大それたことをよく考えられたものだと自責する。自分は彼女が「行けない」と思っていた"森に行く"という選択肢を奪ったに等しいのだ。それが真実を見ると言うことであっても、彼女の希望を消したことになる。
 なんて悲しい、この世界の要か。この世界で一番影響を与えることが出来ても、この空間の理を変える事は許されぬ存在。

 思えばあの蝶に触れたときから、僕は幻に捕らわれていたのかも知れない。
 彼女がこの庭園に縛られているのと同じように。



 「コーヒー、飲めるようになったのね」
 「あ、うん。気付いたらあんまり気にしなくなっていて・・・今じゃよく飲んでいるよ」
 「そう、じゃあ今度コーヒー煎れるね」
 ありがとう。そう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。書庫で本を読んでいる合間に外から持ってきたコーヒーを飲んでいた自分を見て、彼女は驚いていた。それもそのはずだ、つい最近までは「飲めないから」と敬遠していたのだから。“つい最近“と言っても彼女の感覚で。外ではもう随分と月日が経っていた。
 
最初に蝶に触れてから、三年経つ。
―――ここなら、ずっと子供でいられる。死ななくていいの
あの日の彼女の問いに対する自分の応えは、正しかったのだろうか。少女の孤独に拍車を掛けてしまったのかもしれない。振り返れば、あの頃から随分と背も伸びて、嫌いだったブラックコーヒーも飲めるようになった。少し低いぐらいだった身長も、今では彼女を追い越して。色々なものが変化した。けれど、
 





















変わらずそこにただ 貴方はいて