そして私は、永遠にこの庭園に囚われることとなった。



病弱な子供だった。足が弱く、家に閉じ篭りきりのまま死を待つ生活だった。そんなとある日だ、あの店を見つけたのは。無記名の看板に、古臭い木造建築の店という如何わしいものに興味を持ち車椅子を進め、暗闇の中に呑み込まれた中であの蝶を見つけたのだ。そして気が付けばこの庭園にいた。

「貴方は・・・・誰?」

目の前の青年は自分の姿を見、にこやかに微笑むと「お茶でもどうですか」と声を掛けた。今まで家に篭りきりで話し相手のいなかった為か彼と過ごす時間は楽しかった。帰るときは白いアーチの近くに飛ぶアゲハ蝶に触ればあの店に戻れる。と彼は話してくれた。私はその方法を使い幾度もこの庭園に足を運んだ。それから暫くして、青年に自分の寿命がもう直ぐ尽きようとしていることを告げると、彼は得たりと顔を歪め相手は「この庭園の住人になれば、死なずにすむ」と彼は捲し立てるように説明し、いきなり私の手を握り目を瞑った。それから時を経ずして彼は灰になって消えた。

彼の説明はこうだった。この庭園は空の色を変えども時を刻まない。ここにいれば老いることもないし季節も過ぎない。ただ四季折々の花が咲き乱れるだけだと。庭園の奥にある屋敷に住めば料理は自然と出されるし、本も数え切れないほどある。自分の身体は、この庭園に入ってきた当時と寸分違わない。
最初聞いたときは、夢のようだと思った。だが「老いることの無い」「病気にもならない」ということは「死ねない」と言うことに気付いたのは暫く経ってからだった。自殺を試みようと思ったが、直ぐに傷は塞がる。その直後に理解した。あの時の青年は「番人」を辞めた瞬間に、これまでの時の代価を自身を持って支払ったのだと。
「生」を欲した自分が怨めしい。この役を誰かに押し付けたい、そんな気持ちで胸は満たされていた。


「君は、誰?」
開口一番に、アーチをくぐった者がそう尋ねる。蝶に触れてきたのは、自分と同じ年頃の少年だった。否、同じ年ではないだろう。この庭園にいた時間を含めれば私は良くて彼のお姉さんか、悪ければお母さんだ。気付けばそれほどまでに時間が経過していた。心の奥では、ヘドロのような醜い感情が渦巻いていた。彼に役目を押し付ければいいと、そうすれば開放されると。悪心が背中を押して、今にも落ちてしまいそうな崖の縁で、最後の良心が足を留める。
その言葉を言ったのは、彼と知り合って暫くした時の事。
既に「友達」になった時であった。

「ここにずっと居る気は無い?ここなら、ずっと子供でいられる。死ななくていいの」
「・・・・子供、に?」
「そう、子供に。」
念を押すかのように彼の言葉を続けると、相手は考え込むように俯くと少し経て決意したかのような顔を上げた。
「そんなの嫌だな・・・大人になれないなんて。」

彼の応えに、驚きを隠せなかった。恐らく彼が健康な身体を持っているなどとは関係ないのだろう。これがこの少年の性格なのだ。あの時の自分には無かった冷静さ、ある意味での正しさ、そして。
「君は、大人になりたくないの?」
不思議そうに尋ねる彼は、私には無いものを沢山持っていた。少年は、私がとうに忘れた笑顔を持っていたのだ。相手の笑みにつられて笑う。笑顔を浮かべるのは久しぶりだと思う。「なりたいよ、でもなれないの」と彼の尋ねに返答すると、優しい少年は眉を顰め「ごめん」と謝った。私には、彼を「番人」にするなど出来なかった。
この感覚を何に例えればよいのやら。彼と話していると心が安らぎ、笑顔が自然を浮上する。相手の喜ぶ姿を見たいと思い、またその方法を必死で模索する。和らいでいくこの心が愛しかった。振り返れば、それは昔自分があの青年に感じた感情だ。心が愛しさで満ちていく。柔らかい真綿が胸の内で広がっていき、砂糖水が心を躍らす。



「・・・・あ、笑ったね」
「え?」
今日の紅茶はオレンジペコ、お菓子は苺のシフォンケーキだった。ちょうどケーキにフォークを刺し込んだときだろうか、彼は自分の顔を覗き込むとそう言って、嬉しそうに笑った。
「笑った顔、最初あんまり見なかったから。」
「・・・・そんなに仏頂面だった?」
「え、いやっそんなことないよ!うん、ただ笑った方がいいなと思って・・・」
 自分が怒っているとでも思ったのか、慌てふためいて反応する相手が面白い。もう少しからかおうか、そんな悪戯心が生まれてきそうだ。
 彼と話しているうちに、相手のことが色々わかってきた。まず彼は学生で、偶々雨宿り気分でこの店を訪れたらしく、本が大好きで今はよくこの屋敷の書庫を漁っている。そして意外にも涙腺が緩いとか。

 「・・・君のお陰だよ、きっと」

 ポツリと呟くと、相手は気恥ずかしそうに顔を赤らめた。この勢いで言ってしまうか、でもこの言葉を言ってしまえば相手は若しかして泣くかもしれない(驚き、困り果てて、その瞳から涙を零すかもしれない)から、未だ言うのは止めておこう。もう少しだけこの愛しい時間を過ごしたい気持ちもある。
























大好きなんだと言ったら彼は泣くだろうか