不公平という言葉は、こんな状況のためにあるんじゃないだろうか。




 「もう、なに拗ねてんのよ?」
 「・・・っだから、拗ねてないって言ってるだろ?!」

 むしろ怒ってるんだよ、という言葉はあえて飲み込んでおく。
 言ってしまった日には説教のみならず頭部打撃という要らないおまけまでついてきそうな気がしたからだ。おそらく彼女は自分の今の不機嫌がどこから来ているのかということは分かっていないだろう。今日は久しぶりの休暇で、嬉しさのあまり自分のほうから彼女を誘ったのだ。ヨウラン達に説教まがいのアドバイス(自分はそうと思ってないが)を受けさせられたりして、今日は普段と比べ緊張していた。

 そして、今現在自分たちの居るところは小さなカフェテラス。桜は桃色の花弁を散らす時期を終え、今は若々しい緑を芽吹かせていた。木製の机や椅子が置かれ、並木通りに近いここからは桜の木を鑑賞することができる。本当はこの場所によることは外出前日、予想もしていなかった。なぜならここは「買い物」帰りに彼女――ルナマリア・ホークがよく休憩しに来る店だから、つまりは今日の外出は本来「買い物」目的でなく、純粋な「出掛け」だったはず。

 「いつまでもそんな拗ねてたら、こっちも面白くないでしょー」
 「シン・・怒ってる・・・?」

 自分に弱弱しく俯いてそう呟く少女――ステラ・ルーシェはあの大戦後、奇跡的に生きていた。ベルリンでの戦闘中に重体となり、そのままこの戦争が終わるまで医療施設にいたらしいとのこと。今は戦争も無くなったため、彼女の上司の情報提供を受けて最初はプラントで治療されるはずだった。だが議長不在により混乱を極めたプラントそんな余裕も無い。そんなさなか手を差し伸べてくれたのはこの国――「オーブ首長連合国」。あのアスラン・ザラを通して首長に伝わった結果らしい。今、目の前の少女は定期的な検診を受けながらも元気に過ごしている。

そして、その少女の頼りない姿に良心がちくりと刺されるようで、思わず顔を引きつらせる。罪悪感が自分を責め立てるようで、「怒ってないよ」と宥めるように言った。今回の想定外な出来事の発端は一部、彼女が担っていた。待ち合わせ場所にルナマリアとともに来た彼女を見て思わず声を上げて、目を丸くしながら驚いたものだ。対するルナマリアは「ごめんね、ステラも一緒でいい?」と軽く笑いながらそう言ってのけた。完璧なイレギュラーな彼女だが当然帰らせるわけにも行かず、今日は三人で行くいつもの「お買い物」になってしまった、というわけで。おそらくステラがついてこれたのは、自分が彼女に電話したときにたまたま傍に居たという“偶然”と、コーディネーターかそれ以上の“聴力”と、多分あとは単なる“勘”だろう。

 「あ、ステラ。プリン零してる」
 「・・・?」

 もう、と軽い苦笑を浮かべながらルナマリアは彼女の服についたクリーム添えプリンをふき取ってやった。それを見て、つん、と顔を逸らせて視線を並木通りに向ける。三人でいる時間が嫌いなわけではなく(むしろ面白いと思っているぐらいだけれども)、単純に予定を変更されたのが不満だったのだ。言ってしまえばまだ、他にもあるかもしれない。そうして顔を顰める自分に「紅茶冷めるわよ」といってきたルナマリアに「わかってるよ、そのぐらい」と語勢強く、不機嫌を具体化したような声で返した。

 「・・・あ、すいません。このプリンを二つください」
 そのウェイターは『かしこまりました』と軽く頭を下げ、店の奥へと行ってしまった。ステラのおかわりなのか、いずれにしても細い体によく入る。ある種の感心の目を妹分ことステラのほうに向けていると、横から物珍しげなものでも見るような様子でルナマリアがこちらを見ていた。それに気づいて「何だよ」と言うと、ルナマリアはからかうように声を高くして言い返す。

 「そんなステラのものを見なくても、
 あんたの分はさっき取っておいたんだから、大丈夫よ?」
 「へぇ、そうなんだ・・・ってあれは俺のだったの?」
 「勿論、シンのに決まってるじゃない」
 「シンも・・・ステラ達と一緒・・・」
 彼女の言葉に、空いた口がふさがらない。一方で当の本人は目の前で顔を引きつらせる男など露知らず、ステラとの会話に華を咲かせていた。不機嫌さも自分でわかるほどに露になってくる。口をきつく結びながら、視線が合わないようにツンと顔を外へ向ける。




 顔を逸らせる彼を横目で見つつ、しばらくすると頼んだものが運ばれてきた。それに気づき会話をやめて、数回それを口に含んだ。少しして、やはり気になってしまい彼のほうに声をかける。だが先ほどの台詞に腹を立てたのか、彼の雰囲気からは煩わしい様子が未だ残っていた。全く、子供じゃないんだから、とため息を一つ吐く。かわいい妹のような彼女がこちらを覗き込んできたのに対して、にこりと微笑む。
 唐突に、今の彼への対応策を思いついた。我ながら面白い発案に思わず笑みを零す。すぐにスプーンでクリームをたっぷりのせたプリンを一口分にすくうと、数度にわたって彼の名前を呼ぶ。「うるさいな。何だよ」と面倒くさそうにこちらを向いて大きなため息を混じらせる、彼の大きく開かれた口に。


 「俺は別にプリンなんて・・・・・・・・・・・・んごっ?!」
甘ったるいプリンを素早く入れる。
 
 少し痛かったのだろうか、シンは顔を青くしながら口を押さえている。少し経つと見る見るうちに赤くなっていく様子に、思わず声を出して笑った。それが気に食わなかったのか、彼は顔を赤くしながらこちらを指差しながら会話を切り出す。




 「・・・ったく、何だよ一体!!」
 「シンがこっち見ないんだもの。仕返しよ、し・か・え・しっ」
 「だったら言えばいいだろ?!何だってこんな・・・」
 そうして暫く、彼女と自分との言い合いは続いた。
 最初、顔を青くしていた理由、その発端となる最初感じた痛さはもうとっくに何処かへいってしまっていた。そして今、顔を赤くしている理由は彼女が自身の食器を使ったから。今までのことを考えると今更かもしれないが、やはり堂々とやる度胸は無い。そんな自分の心情をほとんど汲み取っていない彼女に対して、自然と声が大きくなる。「大体、人の口にそんなの入れるなよ!」という自分に「あ、ごめん。でもおいしかったでしょ?」と的の外れた言葉を口にする彼女。
 横からステラの刺すような視線が痛かった。彼女にとっての姉貴分を怒る自分を牽制しているのだろうか。それとも自分が彼女のスプーンを口に入れたあの光景が仲良く見え、それをうらやましく思ったのか。もしも後者だとしたら猛烈に反対したい。

 そしてこのあと、自分は彼女の目に見える報復を受けることになる。























自分が彼女に話すことが不可能になってしまうという、
なんとも「不公平」な、報復を。





expreso (西):エスプレッソ



+あとがき+
というわけでp.m.企画第3弾。今回はシンとステラのお姉ちゃんの取り合い色が強いです。
Muchachaの次ぐらいで。
ステラが生きていたなら、本当はもっと変わっていたかもしれませんが、
とりあえず、ここはあえて」ハッピーエンドで。