日が沈み、夕闇が訪れる。青い月を眺めながら溜息を吐いた。


 「ごめん、こんな時間に呼んじゃって!皆と話してたら、遅くなって」
 申し訳ない気持ちを込め、軽く頭を下げる。自分の言葉に彼女は首を横に振って「気にしないで」と呟くように言った。いつもの事ながら彼女は無表情のまま俯いている。

 「やっぱさ。クロームさんも、イタリアに行くの?」

 嫌だったら、行かなくてもいいよという意味を暗喩する言葉を言いつつ歩を進める。明日には守護者を連れイタリアに渡らなければならなかった。リボーンは「永久就職先が決まってよかったじゃねえか」などと言っていたがやはりこれは、人の人生を大きく左右することだ。彼らも彼らなりに将来像を持っていただろうし、戦いに参戦したこととイタリアに行くのとでは訳が違うだろう。その考えから、まだ行き先変更が利く内に守護者の人達全員と話をしたかった。本当に行ってもいいのかと、その意志を。予想に反して全員が全員首を縦に振った(あの雲雀さんが学校を離れることには驚いたけど)、そうして最後――霧の守護者、クローム・髑髏を呼んだ。行かなくてもいい、という言葉を彼女に言うのならばその理由は尚更強まる。元々の霧の守護者は六道骸だ、今は復讐者に捕らえられているがその契約は変わらない。代理の彼女が、わざわざ血生臭い世界に足を踏み入れなくても、いくらでも理由は付けられるのだ。なにより、彼女は女の子。危ない目に合わせたいなどと考える人はいないだろう。

 「うん、骸様も・・・イタリアに戻りたいって」

 自分の考えを覆すように凛とした声で紡がれた言葉には、彼女の決意が見え隠れしていた。もとより彼女が骸に従順であることは知っていた。だからこそ彼の意志ではなく、彼女自身のものを聞きたかったが。

 「骸はいいけど、クロームさんは・・・・・・クロームさんは行きたいの?イタリア。」

 俯く彼女の顔を覗き込む、相手は不思議そうに首をかしげて今にも、どうして?と尋ねてくるような雰囲気だ。あまりにも当然のことで、答える必要はないだろうという疑問の表情を見て、眉を顰める。胸に汚泥が溜まるような、感覚が擦り切れていくような気分が襲う。
 「・・・うん」
 その言葉に、泥の滴り落ちる速度が加速した。今までに感じたことの無い感覚に戸惑いを覚えつつ「そっか、うん。わかったよ」と返した。ふと、空を仰ぐ。
時間は夕方を回っていた。時間を告げる歌は響き終わり、冬の所為か日が落ちるのが早く、今ではもう辺りは夜の帳に包まれていた。月が青い光を燻らせ光っている、今通っている並木通りの冬の姿はさながら“枯れ木通り”と言ったところだろう。春になれば桜が咲くが、それを眺めることは叶わない。それまで、この並盛にはいないだろうから。
 自分の数歩前、間隔をきっちりと保って後ろを歩く髑髏に視線をやる。黒い通学バックを胸に抱えながら、とぼとぼと進む姿を見て一つ溜息を吐いた。やはり彼女は、連れて行くべきじゃないんじゃないか、と。確かに黒曜のあの二人もイタリアに渡る、そうすると彼女の居場所がなくなるという理由も頷ける。だがそうだとしても、この並盛ならわざわざイタリアまで行かなくても居場所は見つけられるんじゃないだろうか、この地域には幸いにも人の良い人が多い。
 そんな終わりの見えない思考を回しながら歩いていると、不意に背後から小さな声が漏れた。

 「心配してくれて、ありがとう・・・・・ボス」

 ぽつり、と呟かれた言葉に驚いて後ろを向くと一瞬、髑髏が笑っているように思えた。が、完全に後ろに身体を向けたときには彼女は無表情だった。
 「え?!あ、いや大丈夫だよ!このぐらい当然だし!」
 動揺の余り、声が跳ね上がる。慌てる自分を見たのか、相手は目を見開いて驚いている。そしてその後に風が通り過ぎるような刹那、今度こそ見間違いなどではなく彼女は笑みを零した。だがその直ぐ後には普段どおりの顔に戻ってしまったが。そうして気まずい雰囲気が流れる。
 「そういえば、ここの桜。見られないまま、あっちに行くんだよなあ・・・・」
 雰囲気の打開、だけではなく本心から思っていたことを零す。それはふと空を見上げたときに視界の端に佇んでいた枯れ木のお陰でもあるのだが。「なんだか淋しいね」と言うと、彼女は自分の隣をすり抜け、バックを下ろすと三又槍を組み立て始めた。
 (えぇっ!お、俺なんかマズイこと言ったっけ?!)
 聞くのも恐ろしいので、背後から引きつった笑みを浮かべるしかないという何とも情けない姿勢でその場に固まる(本当に、このままイタリアに行ってもいいものかと自分に疑問を持ったが)。彼女は組み立て終わると、くるりと軽やかにこちらを振り向き、柄を握り締めた。不安な気持ちを押し込めつつ「どうしたの?」と尋ねると、彼女は枯れ木を見詰め、言った。

 「ボス。イタリアでも、桜は見れるよ」

 そう呟いて、手にある柄の最短部を地面に突き立てた。一瞬の閃光に思わず目を瞑った直後、頬に何かが当たる。それが花弁だと知ったのは数秒後のことだ。枯れ木の並ぶ通りが、一瞬のうちに華やかな桜並木の場所となっていた。鮮やかな薄桃色が風と踊る、「どうして・・・」と呟いた其の少し後、彼女の能力を思い出した。幻術、これらは現実では只の枯れ木なのだ。けれど、
 「なんか、綺麗だな・・・」
 春が訪れたように、気持ちが和らぐ。この情景を送ってくれた人物を横目でちらと見ると、無表情だが何処か柔らかい表情で幻の桜を見詰めていた。少し離れた相手の場所に足を向け、名前を呼ぶ。ゆっくりとこちらに振り向いた彼女に笑みを向けた。

 「じゃあ、これからもよろしく、クロームさん。」
 「うん」

 短く返されたその言葉に、様々な思いが詰まっているかもしれないと思いながらも感謝の言葉を零す。暫くすると、彼女は走り去った、犬と千種を探すと言って。一緒に探そうかと言おうとしたが何故だか全速力で去った相手の背中に手は届かず、結局は空を切る手を握り締めた。
 潮が引くように華やかな桜が老い、枯れ木と成れ果てていく。並木の端から徐々に幻の終わりが訪れていき、頬に触れた花弁も何時しか風に消えた。最後の一本の幻が消えたその時、不意に先ほど感じた泥まみれの感覚を思い出す。彼女が去った後、襲い来る様に感情を蝕む寂寥感がその名前を告げた。
 (ああ、そうか。俺・・・・)
 独り言を、ぼんやりと呟く。
 誰もいない無人の空間で虚空に姿を消した、言葉にもならぬ音は。

























 あの時感じた磨り減るような、燻るような感覚。
 それはきっと、彼女が彼に従順だという事実への、激しい嫌悪だったのだろう。

domenica (伊):日曜日

+あとがき+
タイトル関係なくね?・・・・みたいな。
一応月曜日出発なのでその前日は日曜日!と思いこうしました。内容とミスマッチ感満載だなあ(笑)
ちなみに最近新刊(15巻)を見て更にリボーン熱上昇中です。
・・・それにしても、何時頃本誌で髑髏ちゃんが出るのだろうか(それか)