甘やかしすぎだと言う彼に、自覚なんてあるわけがないだろう。



 とある日の昼過ぎ頃、空の青さが宙に浮かぶ雲の白さを際だたせ、気温は温暖だった。暑くも無く寒くも無くといった“天気の良い”日だった。今朝の天気予報では一日中温暖な気候で過ごせる素晴らしい日だとか。世界中の天気が知らされるそこでは、無論日本の名前も挙がっており、彼の国では今日どうやら「冬」という季節に合った寒風が吹き荒れるらしい。四季がはっきりしている日本が急に懐かしく感じる、年が変わり暇でも出たら故郷に住む親の顔を見に行こうか。窓から降り注ぐ暖かい日差しに包まれながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

ガチャッ

 確りとした造りのドアが開けられる。普段そのドアを開ける彼女や部下がするような音を立てない、ゆっくりとした開け方とは違った。自分が呼び寄せたのだから、その人物が来るのは予想が付いていた。彼がどのような表情で入ってくるかと聞かれたら、迷わず「仏頂面」と自分は答えられる自信がある。
 「いきなり、何?休日に人を呼び出して」
 案の定。予想を裏切らぬ表情をこの部屋に持ち込んだ彼は、腕を組んで訝しむように視線を放ってくる。今はもう慣れた相手の反応に対し、柔らかな笑みを浮かべる。
 「雲雀さんに任務を頼みたくて・・・はいこれ、資料です」
 カタン、と引出しから出したのは黒いクリップで留められた十数枚の紙束だ。表紙には場所の詳細や目的の人物が写る写真など。「どうですか」と相手に念を押して、手近に置いておいたカフェモカを口に含んだ。相手はデスクに出された紙束を読まずに手にとった。場所だけ聞けば十分ということだろう

 「場所はドイツのベルリン。仕事の詳細は現地に一人送っときましたから」
 「そう」
 「あと、今回はクロームと行って来て下さい」

 自分の言葉に何を思ったのか。彼は一瞬、普段はそう見ない「驚き」の表情を表したのだ。だが、瞬きした後にはすでにそれは消えていた。そして呆れたように交えるように溜息を吐き口を開いた。

 「・・・・・・何言ってるの、綱吉。僕一人で十分だよ」

 しかも何で、守護者が2人も行くんだい。と付け加えた彼の表情には、未だ動揺が迸っている。普段は気にせずそのまま行くか、「冗談じゃない」と言う彼にしては珍しい反応だ。何かあるんですか、と聞くと「別に、ただそこまで大きい仕事じゃない」と素っ気無く応えた。少し離れた客人用のソファーに腰を降ろした。とりあえず相手の背後から会話するには抵抗があったので、目線を合わす為に対の場所に自分も座る。やることが無い様子で、手に持っていた資料の文を目で追っていた。

 こちらから一方的に話すのも気が引けたので、とりあえず相手が資料を読み終えてから話し始めようと思い背をもたれた。暫くして、彼はこちらを睨み付け不満げに呟く。
 「クロームを甘やかしすぎじゃない?これ読んだけど・・・クローム一人で十分。」
 そして「なんなら僕一人で行って来るよ」とポツリと付け加えた。よく分かりましたね、と心中で呟き笑みを浮かべる。確かにこれは霧の守護者――クローム・髑髏か骸の特性が必要な仕事だった。だが骸は別の任務で出かけている途中だ。つまるところ彼女しかいないというわけで。彼が言いたいのは彼女一人(それか彼一人)で十分なことにわざわざ二人も必要ないということだろう。自分で行くなんて、言うとは思わなかったな、と相手に聞えない程度の声で言った。甘やかしているのはどっちなのか。

 「でもさ、雲雀さんもクロームには甘いよ」
 「・・・・どういうこと」
 不快感で一杯、といった感じで彼は顔を歪ませた。それを一目見て案の定の反応に
 「だって雲雀さん、あんなに骸と喧嘩してても、クロームには危害加えないですよね。犬や千種は睨み付けているのに」
 自分の言葉に思い出す節があったのか、考え込むように俯いた。どうしたかしたのか、と相手の顔を覗き込もうとすると突然顔を上げて無表情の(おそらく心中は穏やかではならないだろう)まま言った。
 「別に甘やかしているつもりはないよ。あとそれ以上言うなら……咬み殺すよ、綱吉」
 「え・・・・・・ゴメン」

 彼の口癖は洒落にならない。時折冗談で済まされないような殺気を放ちながら、その言葉を口にする。今までのことと照らし合わせて考えてみるとどうやら今は本気ではないようだ。
 でもやっぱり、雲雀さん、クロームに甘いよ。人知れず心の中で呟いた。
 確かに明確な行為としては、彼女と仲がいいのは自分かもしれない。だがそれもあくまで自分を標準としたこと。目の前の彼は彼なりに、こと彼女に関しては甘いと思う。
 (だってさ、“黒曜”の人たちと仲悪くても・・・クロームとは争わないし。さっきだって「自分だけでいい」なんて言うなんて、珍しいし)
 思うに彼の標準は「争うか否か」が重要だと思う。現に今の守護者の数名は彼と戦っていたりするのだ。それが骸であったり、遡れば山本や獄寺くんであったりするのだが。しかし、幸いなことに仲が悪いのは前者だけだ。もしかして自覚ないのかな、と首を傾げて考えた。そんなことをしていると背後でドアが開く音が聞こえた
 カチャッ
 そぅっと物静かに開けるのは、守護者の中でも恐らく彼女だけだろう。クロームは部屋に入り、開けたドアを閉めてそれを背にした。自分たちが話し合っているように見えたのだろう。自分たちの在る筈もない「会話」の終わりを待っていた。
 「えっと、来てくれてありがとう、クローム。今雲雀さんにも言ったんだけど・・・・」
 今度の任務は、と言いかけたその時だ。ソファーのついに座っていた相手が立ち上がり、彼女の腕を掴んでドアに向かっていったのは。
 「ほら、いくよ。クローム」
 「・・・ひ、ばり?何処へ・・・」
 腕を掴まれた本人は何が何なのか分からない様子で、困惑した瞳を彼に向けていた。その視線と言葉を受けて気づいたのか、言葉を続ける。
 「任務。今度はドイツだって」
 「あ、うん。わかった・・・・じゃあ行ってきます。ボス」
 相手の言葉に納得したのか、クロームの瞳からは困惑の色は消えて、これから迎える任務に対する意気込みが見えた。気づけばもうドアから出ようとしている二人に、自分でも意地が悪いと思いつつ声をかけた。
 「うん、でも雲雀さんも・・・そんなに急がなくてもいいですよ。今紅茶とカントッチョ、頼んだんです。三人でどうですか?」
 「・・・・・・・帰ってきたらね」
 顔をついと逸らせていう言葉の端に彼の嫌悪は感じない。普段なら「いらない」と言うのだが。ああ、これも彼女の所為か。

 「そうですか。じゃあ行ってらっしゃい、クローム」
 「はい、ボス」

 そう言って顔を綻ばす彼女は、あっと言う間にドアの外へ姿を消した。やれやれとため息を吐きながらデスクに積み上げられた書類を整理するため、いつもの席に戻った。ぱらぱらと紙をめくりながら、ふと先ほどの二人を思い出して笑みが零れ出た。
 素直じゃないなぁ。そんなことを、ぼんやりと呟く。






















彼らが無事に帰ってくることを祈りつつ、次のお茶会のお菓子でも探そうか。

dolce (伊):甘い・甘口の


+あとがき+
ツナはクロームの御蔭と思っていても、
あの台詞を言ったのは相手がツナだった事もある。みたいな話です。
雲雀さんはツナとクロームに甘いといい(W小動物・・・/笑)