扉の先にある幸福の正体が、何かなんて。



穏やかな日和が硝子越しに伝わってくる。確か今日はお茶会の約束をしていたか、と漠然と気付く。菓子は引き出しにあるし、お茶は彼女がデスクから少し離れたテーブルの上に用意してくれた。あとは客人のみ。と思っていると、微かに廊下で足音が近づくのが聞こえた。足音から随分と相手がご立腹なのが分かる。

「一体何の用?」

ガチャッと勢いよくドアを開けた彼に、「しっ」と口元で人差し指を立てた。暫く一体何のことか分からないと言った様子で立ち姿を崩さなかったが、視界に彼女がようやく映ったらしく溜息混じりに部屋の中へ歩を進めた。そんな相手の一連の動作を黒塗りの椅子から眺めていた。少し笑ってしまったのは、相手に悪かったかもしれない。
部屋に現れた雲の守護者こと雲雀さんは、ソファーの端に座った。普段の彼だと相手をどかす勢いだというのに、今日は随分と先客に優しい対応だ。(これもクロームのお陰かな)と微笑む。いつもと変わらずソファーの先客である彼女
――クローム髑髏は相変わらずスカートは短いし、上着も羽織ってる様子もない。それが気になったのか、雲雀さんはちらと視線を彼女に向けた後、背を向けていた自分のほうに振り返り「いつから寝てるの」と呆れた様子で聞いてきた。既に部屋を開けたら彼女がいた、という所からしか記憶しない自分は柔らかく首を傾げて「分かりません」と零す。無関心そうに「ふうん」という彼も、内心では彼女が来た経緯などを考えているのだろう。場に沈黙が漂って、特別言うこともなかったので手近な書類の片付けに入る。二、三枚程度終ったその時、彼がこちらに顔だけ向けて口を開く。

「このままだと風邪引くよ、彼女。」

どうやら冗談を言ってる様子ではない(というより元々冗談は言わない)彼に、きょとんと思わず目を見開いて驚いた。想定外な言葉を聞いて硬直している自分を訝しみ声を掛けてくる相手に、悪いことと知りながら思わず笑みを零してしまう。

「なに笑ってるの」
「雲雀さんが、そんなこと言うと思わなかったんで・・・」

本当に、クロームには甘いですね。と付け足すと彼は不愉快だと言いたそうに眉を顰めた。だが、彼が彼女に甘いのは事実だと思う。言っては難だが、かなり好戦的な彼がこうも人と打ち解けるなんてあまりないことだ。家庭教師であるディーノさんとも「仲がよい」という雰囲気はないし(だが彼らのことだから、奥底ではちゃんとした絆があるのだろうけれど)、馴れ合うのは嫌いだと昔から言ってはばからない。先程のソファーでの座り位置にしても、通常は先客をどかしてしまうような態度だというのに。そう考えると、彼もこの年月で随分丸くなったほうかもしれない。

「・・・・僕をからかっているの、綱吉。」
「まさか」

恐くてそんな真似できません、と付け加える。どうやら相手は納得がいかないようで、「そう」と短く応えテーブルの上にあった本を読み出した。誰が置いていったのか、その本を読み進める彼に声をかける。
「この前、三人でお茶会するって言ったじゃないですか。
それでクローム、任務終わってすぐこの部屋で待ってたと思いますよ」
「・・・・茶くらい、頼めばいいのに」
銀盤にのっかっているのは、きっちり三人分。花柄で縁取られた白い皿の上に並ぶカントッチョに、三つのティーカップ。ポットにある紅茶は冷えてしまっただろうか。茶くらい、という相手に「されどお茶です」と押す。椅子から立ち上がり、普段自分が使っていた小さい掛け毛布を申し訳なく思いながら彼女に掛けた。「これで風邪、引きませんよね」と言うと、相手は彼女から視線をはずし本に戻す。自分はというと、片方のソファーが満員なので、仕方なく向かいのそこに腰を下ろす。久しぶりに特別することも無く(といっても机の上には書類が溜まっているが)、温かい日和が眠気を喚起する。うつらうつらと瞳を閉じたり開いたりを繰り返してるうちにとうとう眠りに落ちてしまう。


「・・・ス・・・・ボス」
自分の肩書きを呼ばれてゆっくりと目を開ければ、クロームがこちらを心配そうに見詰めていた。初めは視界が朧気だったが次第に明瞭に開けてくる。ふと気付けば自分に毛布がかかっている。誰がかけてくれたのだろうか、と彼女に「クロームがかけてくれたの?」と聞くと相手は首を横にふり「違うよ、雲雀が・・・」と心外そうに応えた。そして「私はさっきまで寝てたから」と申し訳なさそうに呟く彼女に、「大丈夫だよ」と手を左右に振りながら言った。顔をあげると、デスクに近くには彼が立っていた。
「お茶会、しないの」
早く済まそうよ、と言う彼を見て二人して笑みを零した。彼女だけだと思ったが、自分もどうやら甘やかされている一員かもしれない。あとで感謝しなくちゃと零すと隣にいた彼女が首を傾げる。毛布を横にどけて彼を呼ぶ。甘いお菓子の匂いが漂う中、カップにお茶を注いだ。口に含んだそれはすっかり冷え切っていたが、きっと誰も文句は言わないだろう。おそらく彼女が申し訳なさそうに「ごめんなさい」と言うだけで。
「ごめんなさい、ボス・・・・」
「あ。いいよ、大丈夫だって。俺も寝てたし」
案の序の言葉を言う相手に、「ね、だからさ」と押すと彼女は小さくありがとうと零した。向かいの彼は、文句を言う様子も無く紅茶を飲んでいる。


















 軽い昼寝の後のお茶会は楽しいと、そう言ったのは誰だったか。

divano (伊):ソファー


+あとがき+
なんか最近、この三人がツボです。
というよりツナ髑を書くと言うよりクロームを取り巻く人たちを書くのが楽しい近頃。
久しぶりにプロットなしで、しかも勢いで書いたなあ;
10年ものばっかり書いてるんでたまには本誌の時間軸に乗りたいですね・・・・
赤マルの続きとか書きたいんですが・・・・。あれはもうガッツポーズをするしかなかった(笑)
前回シリアスを欠いた反動か、今回はほのぼのになりました。
ほのぼの多くないか、このサイト;