こんな日々でも本当は、とても愛しく感じているよ。



目覚ましの音が遠くで聞こえる。重い瞼をゆるゆると開けると自室の天井が視界一面に広がっていた。身体が重いのは昨日遅くまで仕事をやってきたせいだろう。遅くまで仕事をやってきたのだから、きっとまだ寝ていても咎めるものは誰もいないはず。なにより一人暮らしであるし、ルナマリアも今日くるとは言っていなかったような気がする。覚醒していくのに比例して、目覚ましの耳をつんざくような音も増していった。無視したいところだが、こんなに煩い音に包まれて寝れるほど、生憎自分は、そこまで神経は図太くない。
(もうちょい…だな、今度休日はアラーム止めておこ…)
机の上に置いた目覚まし時計に手を伸ばし、スイッチを止めた。ギリギリで手が届いたお陰でようやく煩いアラームも消えてくれた。少しして、目覚ましが机から落下した。だが電池がその反動で取れてしまっただけで、どうやら他に損害はなさそうだ。ちょうどいい、これでゆっくりと眠れる。そう思って毛布に包まり瞳を閉じようとした。暗闇に落ちる、その瞬間。
―――――…ダダダダダッ
ものすごい勢いで階段を駆け上る音が耳を刺激する。かなり安かったこの借家全体にそれが響いていたことに気づき、再び瞼を開く。階下で運動会でもやっているかのような感じだ。ルナマリアかステラだろうか。それにしては音が大きい。時間が経っても思考が安定しない頭のまま、ドアがある方向に寝返りを打つと先ほどの音が徐々にこちらへ向かってきていた。自分の部屋を探していたのか、階段を上がってきた音から時間が経っていた。否が応でも、「誰かが来る」ということが分かった。一体誰なのか、毛布を翻し手近にあったカーテンの棒を握り締めて身構えた。ドアが激しい音を立てて開かれた、するとそこにいたのは。

「ス…ステラ?!」

自分の素っ頓狂な声に首を傾げる、目の前の少女。手から棒が滑り落ちて暫くの沈黙が流れると、ステラは思い出したように手の平をポンと叩いた。
「シン、起きて」
そう言って急に間合いを詰められると、勢いよくドンッと、突き飛ばされる。その力に逆らえない自分が向かっていく方向は。
ドゴッ!!
考えるまでも無く。否、考えたくもなかったその場所は、壁だった。
「…つ〜〜っ…!ステラッ!!」
「?…どうしたの?シン」
起床、AM7:29。寝起きは、これ以上ないほど最悪だった。


トントンとリズムよく階段を下りてみると最初に見えたのは、せかせかと働く彼女の姿。紅い髪を揺らして、音に気が付いたのかこちらの方をくるりと向くと笑みを零した。
「あ、おはよう。シン」
「“あ、おはよう”、じゃないだろ!またなんで朝から・・・」
こっちは壁に頭を打ち付けるわアラームが鳴り止まないわ(自分の所為だが)で、最悪の目覚めを体験したばかりだというのに。何事も無かったかのように言われると、たまらない。抗議の声を上げようか、と溜息を吐くとともに俯いていた顔を勢いよく上げると、そこには理解の範疇を超えた人物が彼女の手伝いをしていた。人数分の皿を持ち配置場所を聞いている行為は、いたって自然で。何やってんだ、あの人と呟いた。目の前にいたのはかつての上司――アスラン・ザラの姿。

「シン、あまりルナマリアを困らせるなよ。自分で起きることぐらい・・・・・」
「は?え、いや、ちょっと待ってルナ、なんでアスランがうちに・・・」

“いるの?“と言いかけたところで、全てを心得た様子のルナマリアが意地悪そうに笑みを浮かべて「私が誘ったの、久しぶりでしょ?」と小悪魔さながらの残酷な言葉を吐く。よりにもよって、この人に朝起きたてのこんな場面を見られるなんて。嘆いていてもすでに時は遅く、目の前ではルナマリアと一緒に朝食の用意をしている。一体、どっちが家主なのかわからない。何故だか、胸がむかむかしている。
少しして「このままではいられない」と感じ、急いで階段を駆け上がって自室に戻り着替える。終った途端に再びバタバタと忙しく駆け下りた。その間、ステラは自身の目の前を通る自分を眼で追っていたようで、茫然と階段口で視線を彷徨わせていた。
「ルナ!俺も手伝・・・」
「ごめんねシン、もう終っちゃったんだけど・・・」
「・・・・え」
もしかして、急いだ意味なかった?と彼女に問いたくなる。骨折り損と言うべきか、それともここは朝食の用意をしてくれた彼らに感謝するべきか。空しさで、乾いた笑いを胸の内で浮かべている自分には、どちらが正しいかという事は判断しづらい。(こんなことなら、もっと早く起きればよかった)と、おそらくこの空しさは仕事に遅れた時よりも大きいような気がする。新しい目覚ましでも買おうかと、ぼんやりとそんな事を思った。


視線を移せば、整然と朝食がテーブルに並べられていた。バスケットに入ったカンパーニュなどのパン類に、白い皿に盛られた目玉焼きやウィンナーなど。加えて美味しそうなサラダまである。普段、自分が作る朝食からは想像がつくないほどの豪華さだ。無意識に「ありがとう」と呟くと、ルナマリアは嬉しそうに「どういたしまして」と笑った。暫くして、全員が食卓につく。話を聞いてみれば、昨夜プラントから帰りたてのアスランをルナマリアが朝食に誘ったらしい。帰国その日はあまりちゃんとした朝食をとらない彼に対する、彼女なりの配慮だろう。ルナマリアの図りを知って、言おうと思っていた「俺の家でやらなくても」という言葉を呑み込む。今はもう、なんだかんだでこうして四人で朝食をとっている。文句を言う気にもなれなかった。もくもくと食事にありついていると、アスランが感慨深げに言葉を零す。

「でも・・・ありがとうなんて言葉、シンの口から聞けるとは思わなかったな」
「なっ?!失礼っすね、あれはルナに言ったんですよ。別にアンタじゃ・・・」
「もう、シンも素直じゃないだからー。アスラン、気にしなくていいですよ。
 こんなこと言ってもシン、実は喜んでるんですから」
「だから、喜んでない!!」

勢いあまって大声で反論すると、二人は面白そうに笑みを零した。目の前のステラは何がなんだか理解できない様子で不思議そうに首を傾げ、こちらを見つめている。顔が熱くなるのがわかる、おそらく今の自分の顔はとても見られたものじゃないだろう。
「俺は手伝おうと思ったのに、ルナはアスランと一緒にやってるし
 ・・・意味ないじゃないか、あんなに急いだのに。」
「その心だけで十分よ。・・・まだ不満ある?」
「なくは、ないけど。なんか・・・気に入らないって言うか・・・」
「あ、もしかしてヤキモチ焼いたとか?」
「はぁ?!」
「シン・・・ヤキモチ?」
一体そう考えたらそんな結果にたどり着くのか。つくづく自分の周りにいる女性の思考回路は計り知れない。ルナマリアは悪戯っぽく微笑んでいるし、ステラにいたっては“ヤキモチ”の意味を解せてすらいないようだ。彼女の考え方が柔軟なのか、それとも突飛なのか。推測するに後者のような気がしてならない。前の席に座るアスランはルナマリアの発言に、口元を押さえて必死に笑いを堪えていた。違う、といっても聞かないだろう。確かにあの時理由の分からぬ感覚を感じたけれど。
 笑いがようやく収まったのか。アスランは同情する様に自分の肩を叩き、言った。

 「お前、ルナマリアには敵わないんだな」
 「・・・・・煩いですよ、アスラン」

 そんなこと、とっくにわかっているさ。という言葉を呑み込む。言ってしまったら今の彼の態度に拍車をかけてしまいそうだったから。それから少しの間、彼の苦労話を聞かされる羽目になるのだが、それは又別の話だ。自分の手元では、野菜スープが美味しそうな香りを湯気に乗って空中に舞っている。
 



























 全くもって、不思議だと思う。今はこんなにも心が満たされてゆくなんて。


desayuno (西):朝食


+あとがき+
シンはルナマリアには敵わないということと、
それがアスランにまで、知られてしまったという話だったり。
なんだかんだで無意識的に妬いていたシン。
ステラは意図的にルナに絡んで入ればいいと思うよ・・・!(別世界)
本当はもっとお姉ちゃん争奪戦っぽいのやってみたかったんですが、
話が話なだけにまた今度書きます(笑)
戦後では、彼らはゆっくりとした時間を送っていればいいなぁと思います。