なだらかな坂を下るような、そんな穏やかな日々に。



 柔らかい春の日差しを浴びながら空を仰ぐ。微風が頬を掠めて心地よい、車の込み合わない(というより殆ど見掛けない)ここでは、車の排気や雑踏の埃臭さから掛け離れていて存分に深呼吸できると言うとても好ましい場所だった。この付近なだらかな速度で流れる白い浮雲を眺めて視線を手元のクレープに落とした。ブルーベリーにクリームを添えて、アーモンドをトッピングしたものは口の中で程好い甘さを持って広がる。直ぐ横に目を向けてみると、苺に自分と同じ組み合わせのそれを持って美味しそうに頬張る彼女がいた。口許の端についたクリームには全く気付いてないらしいことに気付き、声を掛ける。相手は双眸を丸くして「何?ボス」と首を傾げた。
 「クリームついてるよ、ほら。ここ」
 そう言って自分の口許を指して示したが急ぐ割に場所を当てられぬ相手を見て少し間を置き拭ってやった。何だがお母さんみたいだ、と不意に零すとクロームは可笑しそうに笑った。確かにマフィアのボスといえば“父”という印象が強いのだが、こうして彼女の世話をするような仕草は昔、自分が母から受けたそれを同じだ。親というもので括れば大して変わらないのだがどうしてだか、自分にファミリーの父という雰囲気は似合ってないような気がした。とはいえ性別が逆の立場というのも如何なものかと思うが。本当に、こんなどうしようもないことを考えるのも楽しいものだ。学生の頃は気が付かなかったが、こうした時間は結構大切だったりする。
 部下の目を掻い潜ったわけでもなくこうして堂々と来れたのは、守護者が二人もついているからだった。クロームともう一人、こうして近場のクレープ屋に誘った当の本人である雲の守護者――雲雀恭弥その人だ。滅多に重ならない空白の時間が偶然重なった今日を見計らってかクロームと一緒に誘われ、今に至る。彼曰くこの間のお茶会の礼だとか。
 (雲雀さんが“礼”っていうのも珍しいよなあ・・・)
 クレープの端を齧りながらぼんやりと思考をあちらこちらに巡らす。実はかれこれ知り合ってから、数字が二桁台に突入する程の年月になるが“礼”という言葉を使用する機会は無かった気がする。“礼”ではなく“借り”だといえば彼の人柄にしっくり来るのだが実際使ってないのだから今更考えるのも無駄だろう。とは言え、追求すると冗談抜きで咬み殺されかねないというのも、理由の一つだったりする。
 「あ、そういえばお金・・・・」
 まだ払ってなかった。と慌てて店のほうに振り向くと、そこには既に会計を終えた雲雀さんが既にこちらへ向かっていた。曲がり形にも一応部下である彼に支払ってもらったことに罪悪感を感じつつ、改めて自分のボスとしての面目の無さに溜息を吐いた。彼との付き合いは二桁に突入している反面、この役柄を担ってまだ幾年も経っていない。時間が経てばいいのだろうか、“ボス”はファミリーにとっての父だと映画や小説で見掛けるが、自分にとって九代目はどちらかと言うと父と言うより祖父のような印象であったし、キャバローネのボスであるディーノさんは兄のようなものだ。少しの間、クレープを齧りつつ糖分を摂取しながら考えるが何れも知人友人などに、余り該当する人物はいない。“現実は小説より奇なり”と取留めもなく並盛で聞いた先生の小噺を思い出す。確かあの時は、居眠りをする寸前だったか。
 (髭をたくわえるとか?もっと背伸ばすとか。・・・・無理だろうなあ)
 想像してみたが人一倍そちらの方向には成長の遅い自分が今からどうやっても背は伸びないだろうし、髭を蓄えたところで無精ひげと間違えられそうで恐い。確か数年前に、やっとクロームと大きく差を広げて心中でそっと喜んでいた矢先に背の高い守護者に囲まれた時は、思わず顔が引きつった。
 ふと視線をクレープを頬張るクロームの方を見ると、彼女は自分の視線に気付いてか此方をむいた。自分の顔を見て何かを思い出した様子で、「そういえば」と呟きポケットから二枚のチケットを取り出した。
 「・・・・ボス、アルコバレーノからこれ・・・」
 「え?何これ。opera lirica・・・オペラ?リボーンの奴まさか俺に・・・?」
 「”余ったからやる”だって」
 「・・・・・。だよな、俺のためになんか買わないよ、あいつは。うん。」
 一瞬でも、あの家庭教師に優しさを求めてしまった。と勝手に落ち込んでいる中、クロームが此方を見詰めて首を柔らかく傾げる。
 「それ、誰と行くの?ボス」
 「うーん、そうだなぁ・・・。クローム空いてる?この曜日」
 「うん、この間の仕事を終わったから」
 「じゃあ一緒に行こうか。捨てたらリボーンに殺されそうだし」
 「ボス、任務?」
 「いいや、お出掛けだよ。嫌だった?」
 「ううん、ありがとう・・・ボス」
 嬉しそうに顔を綻ばせる彼女を見ていて、同じように顔を緩ませたのはどうやら自分だけではないらしいことを、横目で確認しつつ「雲雀さんもどうですか?」と尋ねると、相手は「別に」と小さく応答して目の前の食べ物にありつこうとしたが、その直ぐ後にクロームが横から「雲雀は、行かないの?」と残念そうに顔を伏せた後に、後押しするように、「どうですか」と付け加えると相手は溜息をついた後「・・・・行ってもいいよ、暇だったらね」と言葉尻を落とし観念した様子で自分と彼女の希望していた言葉を漸く出した。ふと今の彼の姿を見て、該当する役柄が思い出された。ああ、あれは確か。
 「なんだか雲雀さん、“お父さん”みたいですね」
 娘にせがまれて、しょうがなく行く父のような。そう考えていると今の自分がどんな役柄なのか思い当たるものがあった。
 (“お母さん”みたいなもんだよな。フゥ太とかランボとかの、面倒見てたのもあるけど。)
 性別が逆なものに同調してしまうのは悲しい気もするが、昔が昔なだけに何処か納得できる。父親は不思議と頼れる存在だったりするものだ。守護者戦の時にずっと帰ってこなかった父親を信用できたのも心の何処かで頼っている部分が在ったからだ。確かに今の自分はボンゴレのボスとして頼られる位置にいるが、“父への”信頼とはまた違う種類のものだろう。今でも時折ダメツナを発揮してしまう自分は合わない気がする、先程クロームに対する行動の時の不意に感じた事と同じだが、どうやらこのメンバー内では“母”のような位置にいると思う。
 「綱吉、冗談を言う暇があったら早く食べた方がいいよ。そのチケット今日までだから」
 休暇は今日までなんだろう、と事も無げに言う相手とは逆に自分の顔はさっと血の気が引いているものになっていた。彼の分を取るなら早めに行動を起こさなければならない、今すぐに劇場に赴くか、電話で予約を取らなければ。隣にいる彼女も、言葉の意味を悟ったのか残るクレープをせかせかと食べている。考え事をしながらも食べていた自分はもう食べ終わっているのだが、残る一人、雲雀さんは相も変わらずの調子だ。劇場に行く事が無理だと解かり携帯電話を取り出す。
 電話の最中、ふとみた彼の顔。どうやら隣にいる彼女も気付いたらしく二人で顔を見合わせ笑いあった。






















そっぽ向いている彼の顔に、一瞬朱色が差していた事は言わないでおこう。







+あとがき+
この三人が好きです。
雲雀さんはこの二人に砂糖より甘ければいいと思うよ(謎)
このあとの話だと、ダッシュで劇場に向かったものの約二名が居眠りをしている・・・とか。
「狐の子」書いた後なので、その反動なのかかなりほのぼのしていたりします。
いやまあ、反動も何も普段から書いてるんですが(笑)