この空気が、耳に響く沈黙の独唱が、こんなにも胸を締め付ける。



窓から差し込む、街灯だけしか照らす物の無い灰暗い病院の一室。深い眠りにつく少女が目の前にいる。錆びついた粗末なパイプ椅子に腰をかけて、膝の上に置いたこぶしを握り締め唇を噛んだ。外と言う世界から切離されたかの様に深閑とした部屋の中には、青ざめたか細い少女
―――霧の守護者として戦ったクローム髑髏と、彼女に戦うことを頼んだ自分しかいない。元々快活そうには見えなかったが、白と黒で彩られる簡素な病室がより一層、彼女の儚さを際立たせるようだと思う。

(戻らなければ)と何度も思いながらも脚が動いてくれない。まるで蝋で固められたように、身体が言う事を聞かない。この部屋には時計の置いていない、が自身で感じるに夜がすっかり色濃くなっていることは理解していた。守護者戦の時間から何時間経ったかは正確には知らないが少なくとも三時間程度は経っているはずだ。自分の家庭教師は少し前に帰って行った。「早く帰って来いよ、ママンが心配するぞ」と言葉を残して。普段の彼にしては優しい対応だ、自分を気遣うなんて何回目か。

(確か「凪」、さんだっけ・・・本当の名前。)

ある程度彼女のことについては聞かされた。といっても本名や出身ぐらいで彼女が如何にして骸と出会ったのかは自分の知る所ではない。だが自分と全く関係が無いことは判った。山本達などは並盛中の一員として関係していたし、ランボは我が家の居候だし骸はかつての敵。いずれも守護者達は自分の関係者だった。巻き込んでしまったと言う意識が無いわけではない。暫くの間、考える余裕がなかっただけだ。友人という存在、彼らの明るい態度がそれらの感情を和らげたのは事実。この思いは元々あったものだ。彼女だけに思うものでは決してないし、彼女がしたことはこの感情を明るみに出しただけ。
寝具の「白」に埋もれてしまいそうな少女、安っぽい薄黄色の街灯が照らす彼女の顔が青白く見えた。くっきりと白黒のコントラストを強く描いてに佇む静寂に、ぽつりと音を投じる。

「・・・巻き込んじゃって、ゴメン」

小さな声で吐いた言葉は宙に消える。目の前の少女は自分の「関係者」ではない、骸の「関係者」だ。見ず知らずの少女をこんな戦いに巻き込んでしまった自責が渦巻く、父が選んだという言い訳は通用しない。霧の守護者は「六道骸」であって、「クローム髑髏」ではないのだと思っても結果は考えとは別の現実を突きつける。そこに自分の力は及ばない特殊弾で手に入れられた力も、この現実の前には余りにも無力だ。だから、誰かが犠牲になる。今は力が欲しいと切実に思った。こぶしに込めた力を弱め一息つく。顔を上げた先に見えた穏やかな表情ですやすやと眠る少女の顔を見て、安堵した。そして気を緩めたせいか急激な眠気が襲ってくる。薄暗さが拍車をかけ、ゆっくりと彼女の眠るベッドの空き場所に顔を埋めた。



 黒を塗りたくった閉ざされた視界を唐突に開く。普段、朝起きたときのようにゆるゆるとそうしなかったのは背筋に堅氷でも押し付けられたかのような悪寒を感じたからだ。この悪寒の正体を自分は知っている。これは疑うべくも無く、彼の。

「これはこれは・・・随分と無防備なものですね、ボンゴレ。」

クフフ、と笑みを零す少女。それは自分の知る「クローム髑髏」のものではないことが瞬時に理解できた。少女の笑みにしては余りにも不釣合いに歪んだ唇、そして彼女の(いや、彼といったほうが正しい)言葉がそれらを証明する。
「ろっ、六道・・・骸?!」
ガタッと勢いよく後ろに後ずさり目を見開いた。髑髏の身体を借りた骸はベッドから起き上がりその淵に腰を掛けていた。自分の叫びに「ええ、そうです」とあっけなく出された応え。「何で来たんだ」、「何故彼女の身体を借りてまで」、数々の疑問の言葉が頭の中を巡る。自分の驚いた顔を見て何かを感じ取ったのか、少女の体を借りる彼は嘲る様な笑みを浮かべる。
「アルコバレーノもいませんし、今ここで君の身体をのっとる事も可能ということだ」
慌てふためくしかない自分が情けない。ふとリボーンがいないことを後悔した。早めに帰っていればよかったと痛感する。何故、今になって彼が来たのか判らない。「・・・何で、来たんだ・・・・・」と喉の奥から振り絞った声に骸は口元を歪め「君が長い時間クロームを見詰めているのが気になりましてね」と本音ではないだろうその言葉を吐いた。彼女の傍にいたことが知れていたことに、カッと顔が熱くなる。

「ご心配なく、今日はそんな気分ではありませんよ」

時が早いですし、と付け加える相手を睨むように見詰める。それは彼女の身体を操る彼への嫌悪かそれとも別の理由か。彼の言葉端に滲む意図は、もしや。勘任せの無責任な言葉を窓の外を眺める相手に放つ。

「それは・・・・・凪さんの身体が、耐えられないから・・・か?」

リボーン曰く、今日の戦いで骸は多大に力を使った反動で暫くこちらには実体化できないということだった。身体は借りられるのか、という疑問は今さっき取り払われた訳だ。のっとるにしても力はいるということは、現在の彼の状態から見てそれを行えば彼女の身体への負担になることは確実だろう。振り向いた彼の顔には、相も変わらず笑みが浮かんでいた。だがそれは何時しか曖昧なものにすり替っていた事に気付く。その表情から自分の言葉が正しいか否など判るはずも無い。一瞬の笑みの後に相手は「クフフ、クハハハ!」と声を上げた。なんとも面白いことをいう、とでも言いたげに。

「可笑しなこといいますね、君は。だが・・・・さすがはボンゴレの血、ということですか」

当たらずとも遠からずです、と呟かれた声が耳に張り付く。彼の声にしては小さいそれが、この空間でのどんな音よりも印象強く残る。そしてブーツも履かぬままの足でこちらに歩み寄り、俯き加減に顔に笑みを浮かべたまま「ボンゴレ、この娘を。」と言った。その瞬間、瓦礫が崩れるように倒れこむ彼女の身体を受け止めた。骸はもう、この身体にはいないのだと直感的に理解する。抱き締めた彼女の身体は嘘のように細かった。もう少し強く腕に抱えてしまえば折れてしまいそうだ。軽々とまでは行かないが、彼女抱えベッドに寝かせることが出来たのは、これも偏に特訓のお陰か。掛け布団を掛けて、安堵の息を漏らす。起きなくてよかった、と思う。

部屋を出て行くためにドアを引く。閉じる瞬間、ドアの狭間に見えた少女の姿。穏やかに呼吸する彼女は、おそらく自分がいたことに気付かないだろう。

(それでいいんだ、きっと)

濁りきった思考に浮かぶその言葉を反芻しながら。





次の朝、病院に入ろうとしたその時、出てきたのは彼女
――クローム髑髏だった。慌てて「昨日は戦ってくれて…」としどろもどろに言う。昨夜のこともあって上手に言葉を紡げぬ自分の口から、自然と言葉が零れる。
「な…なんて呼べばいいかな、クロームさん…? ドクロ…さん?」
「どっちでもいい・・・・・」
素っ気無く横を通りすぎる彼女に、「どこに行くの?」と声をかける。困ったように僅か顔をしかめながら事情を言う少女。大丈夫、と言葉を掛ける前にさっさと相手は走り去って行った。伸ばしかけた片手が虚しく空を切る。全力疾走の彼女に声などかけても無意味なことと知りながら。
「えっ、ちょ、待って!」

――――「凪」さん

そう言い掛けて、口を噤んだ。この名前を自分が言ってはいけない気がしたからだ。彼女はもう「クローム髑髏」で、「凪」ではない。そしてきっと、この名前を呼ぶのは彼女とって彼のみなのだろう。先程、出しそうになった自分の言葉がいかに軽々しかったかと思い知る。納得しているはずなのに胸の中に渦巻く熱は、一体何なのか。

























小鳥がアリアをさえずる朝の下、胸を包むこの空気の正体は。

aria (伊):空気・独唱歌/詠嘆曲(音)


+あとがき+
自分的にはツナ髑は「×」でなく「+」がいいなあ思う今日この頃
(いや勿論「×」も大好物ですが(笑)!)
本編捏造ドンとこいで書きました。ガンダムでもそうですが本編捏造好きだな・・・・自分。
今回の話を書くにあたり骸さんの口調が全くわからず(ォィ)コミック13巻を読み直しました。
ネタバレになるので余り話しませんが、結構なサプライズを頂きましたヨ・・・・!
今度はツナ髑ほのぼの書きたいです、はい。