途切れた回線は、戻る気配もなく。宇宙に消えた。









 初めての実戦の後の、デブリ戦。ボギーワンや強奪されたG3機との戦闘も終え、誰もが自らが生き残っていることを、少なからずは心の中で嬉しく思っていた。不思議なことではないだろう。生き残ろうとしている者が、自らの命がまだそこに在り続けることに歓喜を覚えるのは。
 パイロット二名、戦死。
 ミネルバのパイロット二名がこの戦いで死んだことを、多くの人は知っていた。だからこそ、あからさまには喜ぼうとはせず、何事も無かったかのように振舞う。誰かが決めたことではないが、それがその状況下にとって悪いことではないことも、知っていた。
 だからこそ。
 
 「・・・・・ルナは?」
 いつもは必ずと言ってもいいほど話の中心にいる、その人がいなかった。深紅の色をした髪色の彼女が、この場にいない。
 休憩所のソファーに腰を掛けながら、シンは目の前で、椅子に腰掛けている友人に問いかけるが、誰に聞いても「知らない」という言葉しか聴けなかった。
 頭に残っている、出来事を辿っていく。
 戦闘終了後に、着替えを終えた彼女がどこかに行くのは見えた。それまでに会話は交わしてなかった。が、彼女が死んでいった仲間の名を戦闘中に叫んだのは、いまでも耳に焼け付いたように、残っている。
 軽く、手に持っていた、空に等しいコーヒー缶を握り締めた。パイロットの操縦技術不足、状況変化に対する対応の遅さ。彼らが死んでいった理由ならいくらか挙げることなら出来る。
 誰のせいでもないと、言えないことも。

 コックピットにでも行って、泣いてたりすることを彼女はしないだろう。普段から明るく振舞い、姉のように口を出す。
 赤服である誇りも、彼女は十分に持っていた。


 じゃあ何処だろう。


 その疑問が、浮上する。いずれにしても見かけた人がいないなら、自室に戻って眠りこけているんじゃないか。という考えに至る。
 「俺、ちょっと行ってくる」
 そういって仲間内から冗談交じりの冷やかし言葉を背に受けながら、頭に叩き込んだ新造艦の地図を頭の中で広げて、思い当たる彼女の部屋に歩を向けた。
 きれいに整備された通路。無機質な壁とドアが立ち並ぶ。途中に通りかかった窓から、宇宙と言う名の真っ暗闇の世界が、間近に見える。自分と、この宇宙とを隔てるものが、このガラスしかないのかと思うと、なんとも不思議な、そして不安な気持ちがあった。
 「・・・・・・」
 目的地に着いた。何処も変わらないドアで、少し不安になるが、多分間違いはないだろう。通路には誰も居らず、そこには静寂が漂っている。
 こうまで通路が静かなのは、あまり無いんじゃないだろうか。皆は戦闘の疲れで自室に戻るものも多いし、自分の仕事に熱中する者や、仲間と談話する者。ここは居住エリアだが、声一つ聞こえない。
 もしかして、皆寝てるんじゃないのか、そうも思える。
 さっきまで仲間の声の聞こえる場所にいたシンには、この場所は切り離された場所のように、思えた程、しんと静まり返っている。
 目の前にある彼女の部屋は、少しだけ空いていた。
 手動状態のまま、閉め忘れたのだろうか。ともあれ、入ろうとは思ったが、部屋の中は真っ暗だった。
 通路のからこの部屋に入れ込む僅から光を頼りに、限られた視界の中で、部屋を見回す。

 寝ているだろうな、きっと。

 意味も無く、そういう確信をする。見てみると、ベッドに倒れこむ人の姿が見えていた。この部屋の主は多分彼女だろう。枕に顔を埋めて、震えていた。

 刹那、背筋から這うように伝わる寒気と押し寄せる後悔に、胸が満たされる。







彼女は、泣いていた。







 肩を震わせ、無重力に漂う水滴が、通路の光に反射し、淡く光った。声を押し殺し、呼吸はところどころ切れていた。
 寝ているなんて、そんなものじゃない。彼女のこんな痛々しい姿など、みたこともなかった。
 聞こえないはずの、押し殺された嗚咽が聞こえるようにも思える。
 ここにこなかったら、わからなかっただろう。という思いと、何故来てしまったのかという自責の念が、混ざりあい、渦巻いていた。

 何気ない顔をして、部屋に入り、彼女を励ますことも出来る。それか素直に白状して、「ルナのせいじゃない」と言うことも出来る。


 だが、どれも。彼女自身が喜ぶとは思えない。


 壁に背中つけ、その場に立ちつくした。
 音も何も、聞こえない。人々の喧騒がひどく遠くにあるように感じた。
 思考を巡らすのを止め、開いている筈の視界がなにも映し出していないようにも思えた。今まで見ていた彼女と、目の前の事実との相違。今日、誰が宇宙の中へと消えていったのかも、考えるのを放棄した。





「・・・・・・ごめん」



 誰に対してでもなく、自分にしか聞こえないような小さな声で呟く。彼女に対する謝罪か。それとも自分への戒めのつもりか。いずれにしても、きっと。しばらくしたら。彼女は何食わぬ振りをして仲間の前に姿を現すのだろう。そうすることで、彼女は自身の均衡を保っているんじゃないか。だとすると、ここで声を掛けるのは、少し無神経だ。

 自らの手のひらを見つめる。
 自分はまだ、大事なものを掴めない小さな手だ。最新MSを手に入れ、エリートと呼ばれ、自信をつけた、今でも。最良の選択をも選べない、小さな手。
 目の前の、仲間を助ける言葉さえ探すのに。まるで目隠しをされた童子のようにひどく無力だ。

 ゆっくりと、元のところへと戻る道へ踵を返す。
 伝えたい言葉はあった。だが、それはいつしか胸の中で消し去り、そこにはただ考えることを止めたいと思う気持ちと、

































その柵を越えては、いけない。ただ、そういう気持ちが。



Zeile (独):線