「守る」という言葉に、どれだけ忠実になればいいのだろう。


 此処は何処なのだろう。ふとその考えが浮上した場所は、ただひたすら暗い闇の中だった。それでも自分の姿だけは、はっきりと目に映っていることに少しの安堵を覚える。血のような真っ赤な赤服が、暗闇に溶けてしまわないかと思ってたが、すぐさま「それは思い過ごしだ」と決めつけ、考えることを放棄した。
 自分の姿を確認すると、次は目の前と、そして今自分がいる場所を眺める。
 足がちゃんとついてるし、なにより息ができている。それでもここは宇宙の深淵にでもいるような暗さで、黒く塗りつぶされたような視界は目を閉じていても同じだった。
 歩き始めると、ぐるりと回るような感覚を覚えた。





 「・・・・・・・ここ・・・・・」
 目を開いた先は見たことのある医務室の天井だった。唯一前に見た光景と違うのは、その部屋の明かりが消えていたことだ。おそらく、誰かが消していったのだろう。確か、ステラの様子を見に来たときと同じ暗さだ。先程までの暗闇でなく、明るみを含んだ暗さ。ふと、その暗闇の中に人の形をした像がうっすらと映る。霞んだ目が徐々に晴れてくると、その人物の顔が解かった。
 「―――・・・・ルナ、マリア・・・?」
 その暗闇の中に溶けてしまうんじゃないか。夢の中で見た“赤”とは違うはずの彼女の深い、深い赤髪に、その思いがまた浮上した。もしかして、彼女の着ている”赤“服に、その考えが引き出される要因だったのかもしれない。
 「自分が怪我してどうするのよ・・・・・・・・・・馬鹿」
 空を映し出したようなひどく澄んだその蒼い瞳に涙を浮かべて、彼女はひざの上に置いた手を握りしめた形にかえて、その拳を震わせていた。
 爪が食い込んで、痛いんじゃないのだろうか。ふと場違いとも思える考えが脳裏を掠める。自分の横たわるベットの横に座る彼女は、涙を零そうとせず、むしろ自分の前で涙を零すことを耐えているように見えた。
 「それでも・・・いいよ」
 自分が怪我をしてどうするのか。とルナマリアに言われて思いつく言葉は、これしかないように思えた。すると彼女は荒っぽく軍服で涙を拭うと、悲しげな、少しの怒りすらこめた瞳でこう言い放つ。
 「何で庇ったの」
 その言葉が、今何故自分が此処にいるのか、何故彼女が泣いているのか。それを思い出させてくれるには十分な答えをもらった気がした。
 自分は彼女を庇った。
 機体の損傷というよりも、身体的疲労が重なっただけだ。デストロイを倒し、本当は余裕がないはずでも彼女を庇い、助言したこと。連合へのどうしようもない怒りが積もっていたこと。こうしたことが災いして、戦闘が終わった直後に、コックピットで意識を失った。
 彼女の目は非難する目ではなく、哀れむ色でもなく、形容しがたいような深い悲しみと、後悔や憤りを込めた瞳だった。確か自分も、こういう思いをしていたから解かる。
 「―――――オレが、守るって・・・・言ったから」

 ただそれだけの言葉になぜそこまで忠実でいるのか、ルナマリアは考えた。
 戦闘後、大物が倒せたのが嬉しくて、シンの所まで駆け寄ったときに見た事実。ああ、私は庇われたのだ、と。
 助言までしてもらい、結局彼に助けられてしまった。彼に負担をかけてしまった。その思いが渦巻いていた。
 「死んだら、あの子の所へ行くだけだわ」
 ポツリ、と。彼女は苦笑交じりに言葉を漏らす。

 どうして自分を、もっと、はっきり責めないのか。シンは思った。
 命令といえど、妹を殺した俺を、どうして君は責めないんだ。
 「―――――・・・・・・ごめん、水・・・・貰ってもいい?」
 しばらくの沈黙。彼女の言葉をこれ以上このまま聞いてはいられなくて、逃げるように話を逸らせようと言葉を発した。
 彼女はストローのついたボトルを持ち、差し出されたストロー口を銜えて水を喉に流し込む。生ぬるくなった水に、淀むような気分を覚える。
直後、頬を伝う涙に焼けるような熱さを感じた。重たい腕を伸ばし、彼女の握り締めた拳に手の平を重ねる。温かい、安らぎすら覚えるような温もりを覚える。
 「守らなくても、いいよ」
 そう彼女が言うと、彼女の手の上に置いた自分の手の甲に、一粒の涙が零れ落ちる。耐え切れなかったのだろう、きっと。震える手に呼応するように小刻みに揺れている、落ちたその涙は、しばらくすると流れ落ちてしまった。
 「ごめん」
 自分はそれでもきっと、守ると思う。いまでも絆はあのときのままだと思ってからだろうか、それとも「守る」誓いを破ることが、自分にとっての裏切りになるからなのか、今の自分に、考える余裕はなさそうだ。
 ただ、彼女だけでも生きてくれさえすればいい。
 こんなにも悲しみを知る彼女だからこそ。

 重たくなる、瞼を閉じる。視界が再び暗闇へと棄却される。
 ただ、その手の温もり感じながら。



 「・・・・・・っ・・・」
 声にならぬ嗚咽を上げた。振り払わずにいる彼の手が、死んでしまってるんじゃないかと不安に思えるほど、やけに冷たく感じる。
 恐ろしくも、また悲しいと思った。
 私は君を守れない。
 まだ力がないから。そして、心に残る“憤り”が、きっとそれを許さない。
 守りつづけてきた純粋であろうとするこの心が、いつか壊れてしまわないか。

 どうしようもなく、君が恐くて仕方がないんだ。



























誰にも聞こえない声でそう呟くと、また一つ、涙が彼の手に零れ落ちた。


Traumerei(独):夢








あとがき:
暗いですね、ほんとう(汗)
本編が暗いだけに此処まで暗くてどうするんだ、と言いたい方もいらっしゃいそうですが・・・!
今回はあくまで主観的に見たシンルナでした。
本編での「守る」という言葉に沿うシンの行動や、シンが「守る」といったことに動揺(?)したルナマリア。
いまのところは2人の幸せを祈るばかりですが・・・!