「“過労”?ルナが?」
「うん、“過労”。」


ルナマリア・ホーク、過労により今日の訓練及び出動停止―――――と聞かされたのはAM10:00。彼女の妹、メイリン・ホークから派生したその情報を耳にした瞬間、思わず瞠目した。つい昨日まで会話を交わし、今日には何事もなく食堂で会うという日常が、あっさりと崩れた。いつも一緒、という訳でもないが通常の話し相手がいないと心細くなるものだ。ステラも落ち着かない様子で視線を泳がせ、朝食を摂るのと食堂でルナマリアの姿を探すのを、片方(主に後者)に偏らせながら朝の時間を過ごした。(ちなみに今日のメニューはトーストとハムエッグ、加えてコーヒーに数本のウィンナーだった。)かれこれ、メイリンから話を聞くまでの過程として、彼女―――ルナマリアを探していた事から始まっている。メイリンは日々の疲労を濃縮した溜息を吐き出すと、困りきった口調で話してきた。

「私、夜までずっとブリッジとか回ったりで部屋に入れないの。だからお姉ちゃんの看病どうしようかな、って」
「へぇー・・・・・」
「・・・・・・・『へぇー』ってシン、心配じゃないの?」
「いや、心配だけど・・・・どうして“過労”なのか、不思議で。」
 「この前、派手にザク壊しちゃったでしょ?だから自分も手伝うって、昨日ぐらい皆が寝た時間ぐらいにMSの中で篭っていたらしいの」
 「そっか。あのさ、ルナの看病、俺がやろうか?」
 「・・・・・え」

 何気なく口から安易に出た自分の声に対し、“嫌そうな声”という言葉がまさに体現されたように低く、何か黒く渦巻くものが感じられるメイリンの声。普段の彼女にそぐわない声質に、異常を感じて無意識に身を引く。そんなにも自分は嫌われていただろうかと自問自答を繰り返している間、沈黙を破ったのはメイリンの明るい言葉だった。

 「やだな、冗談だよ。じゃあ頼んでいいかな」
 「あ、あぁ・・・・」

 感謝を述べ、軽い足取りで通路を走り去る彼女の後姿をしばらく見ていた。ルナもああいう風な雰囲気をだすときがあるのだろうか、とふと思い悩みつつ。ステラにルナマリアの情報を伝えるため、食堂へ足を向けた。

 「ルナ・・・風、邪?」
 「いやだから、“過労”だって」
 「・・・・ルナ、風邪・・・・・・」
 「・・・・・」

“だから過労だよ”という言葉を出す気力を一気になくし、替わりに口から出たのは言葉ではなく、疲労を交えた溜息だった。ステラ・ルーシェ――――彼女の思考内では “過労”と“風邪”が同義語にインプットされているのか、もしくはただ“過労”という言葉を知らず、病気と言えば“風邪”と判断しているのかのどちらかだろう。ともあれ、自分の目的を忘れてはいけない。そう思って彼女の方に向きなおした。

「で、俺がルナの看病をするから。ステラは部屋にいなよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」

じ、と真っ直ぐな視線を感じる。ただそれは「意志の硬さの表れ」や「怒りの篭った睨み」ではなく、ペットショップで売れ残った子犬の潤みを含んだ目や、玩具を親にねだろうとする幼子の視線に等しい。揶揄するならば、の話だが。
その場に居た堪れなくなって(その視線に屈服して)、おそらくは苦笑いに限りなく近い笑みを浮かべて、肩を落とす彼女に言った。


「ステラも一緒に行く?」


冷や汗を流しながら聞くと、ぱっと大輪のような笑みで大きく彼女は「うんっ!」と頷いた。多少の不安もあったが、そんなものを気にしていたら何も始まらない。何より「善は急げ」という言葉を胸のうちに刻みながら、速度を上げつつ、ルナマリアの部屋へ歩いていった。


いつも彼女から香る匂いが感じられる、ルナマリアの自室。きちんと整っていた様子から、彼女の女性らしさの一端が表れている気がした。ぐったりとした様子でベッドに横たわるルナマリアは、話すのも億劫な雰囲気で言葉を紡ぐ。「ごめんね」と開口一番に出た彼女の言葉に、気付くと「気にしなくていいよ」と気遣う言葉が自分の口から無意識に出ていた。せかせかとステラと共に額にのせるタオルを水に浸した後に絞り、また元の位置へ戻した。

「なんかさ、食べたいものとかある?ルナ。」
「あー・・・そうね、もうお昼近いから・・・なんか食べやすいもの食べたいな」

天井を見詰めながら悩む様子で、ぼそりと呟かれた言葉。病のせいか、幾らか弱弱しい声に思えた。ステラと話した結果、部屋に残るのはステラに任せ、自分は食堂へ行って病人食を作ってもらうということに決定した。


“すまんな、今忙しいんだ”という理由で「食べやすいもの」を作ってもらえず、あえなく断念。新造艦ミネルバには多くのクルーが存在する。昼頃の今には席はほとんど空いていないのが常だった。そんな時間帯、料理の特別注文などできるはずがない。申し訳なさそうにガスコンロ(つまりは自炊しろとのことだろう)を渡された。
昔、母親が病気の時に作ってくれた品をふと思い出し、いそいで調理場にガスコンロを返し、そのかわりに炊飯ジャー(おそらくは数世代前のもの)とボウルと皿、そして偶然あった昆布をもらった。調味料を少々拝借し、腕一杯に抱えつつルナマリアの部屋に急ぐ。

水場(洗面台)を借りて調理を開始する。

ボウルに来る途中で買ったミネラルウォーターを注ぎ、米をその中に入れる。よく洗って、とぎ汁を丁寧に流し、洗った釜に米と分量の水を入れてスイッチを入れた。それから一時間、ルナマリアの看病に明け暮れた。
そして決まった時間が過ぎた。皿にとろみをつけた米をよそって、昆布や調味料をのせて完成となる。オーブで母が作ってくれた「おかゆ」というものだった。


「・・・・オートミール?」
「いや、“おかゆ”って言うんだけど」
「そうなんだ、知らなかった」

プラントで育った彼女にはわからないだろう。なんせ自分でもどこかの伝統料理か何かと思ってしまう程、あまり知られてない。曖昧な記憶を元に作ったが、果たして味はどうなのだろうか、と先程からずっと心配している。

「・・・・・おいしい?」
「うん、結構おいしいよ。シン」

彼女の一言で、くだらない不安が払拭される。安堵の息を漏らし、ついつい顔が緩んでしまう。その様子がおかしかったのか、自分の表情を見たルナマリアは不思議そうに「どうしたの?」と尋ねてきた。「なんでもない」と応える一方、心地よい疲れが体を包み、安心感が胸を満たす。ステラもルナマリアから一口もらい、おいしそうに笑っていた。どうやら、ルナマリアのほうの様態もよくなってきたようだ。
どうやら、成功したようだ。

「ステラも、これ・・・・食べたい」
「ああ、もう少しあるから大丈夫だけど。何のせる?」
「・・・・・・ケチャップと、マヨネーズと、ソースと・・・・」
「ごめん、ステラ。ないかもしれない」

いや、寧ろあって欲しくない。というのが本当のところだ。どんな味になるのかもわからないし、何よりその見た目がグロテスクなものにならないとも言い切れない。その後の行方も未知数だ。とりあえず、ルナマリアと同じトッピングをして渡した。

「この調子なら、いいお嫁さんになれるわよ?シン。」
「いや、なりたくない・・・・・・って言う以前に逆だろ!」
「シン・・・・花嫁さん?・・・・ルナの?」
「だから逆だって・・・・・・・・」

もはや反論する気もなくなってきた。溜息をつきつつ掬ったおかゆを口に運ぶ。



「え、じゃあ私と結婚していいんだ。へー・・・・・」

「ぶっ・・・・・・」



おもわず噴き出しそうになるのを、なんとか堪えた。必死の思いでようやく呑み込み、咽ながらも反論せねばならないと口を開く。

「俺が言いたいのはそーいうことじゃ・・・・・・」
「じゃあ・・・・・ステラが、ルナの花婿さん・・・・・・・・・・・?」


『え?』


唐突に放たれた、彼女――――ステラ・ルーシェの一言に、驚いた声が同僚のものを合致した。長年の付き合いもあるだろうが、なにより妹分の突然の言葉に部屋の室温が一瞬、下がったように思えた。

「ステラ、ステラは女だから“花婿さん”じゃなくて“花嫁さん”なの、いい?」
「・・・・・・・・・うん」

納得行かない様子の妹分と、決死の思いで説明する姉貴分。どうやらこの会話は暫く続くかもしれない。というのが、2人の少女に付き合ってきた自分の勘だった。
明日になれば、元気な彼女の姿が見られることだろう。
そうすればきっと、また明るい朝食の時間が待っている。






















おいしいものを囲んで、素直に幸せだと思えるこの時間が、
どうしようもなく大切なもののように思えた。



Tiempo (西):時間








+あとがき+
更新復活第一作目です。
しかも主役が「おかゆ」か(何)・・・・・!
というよりも、
この時代に「おかゆ」なんてものは存在してるのかどうか・・・(笑)