女性が綺麗に見える瞬間、それはあまりにも唐突に実感する。




 暖かい陽光と桜の花弁が部屋に入り込む。窓を開放した状態のまま、窓際においたテーブルで頬杖をつく少年――シン・アスカはキッチンに立つルナマリアを見つめていた(仕事が終わり、今日一日は完全にオフなのだ)。特にすることもなくぼんやりと時間を過ごすのもいいかもしれないと考えていた。そういえば、何処かに出掛けるわけでもなく家でのんびりする時間は久しぶりのような気がする。

 「あのさ、ルナ。俺は別にいいから…」

 いくらのんびりするって言っても、時間掛かりすぎじゃないか。と思い始め、緩やかな時間を過ごしているうちにふと気がついたというのがこの言葉を口に出すまでの経緯だ。何処で見たのか、彼女は随分と丁寧な方法で紅茶を淹れていた。あのフリーダムのパイロット――キラ・ヤマトに寄り添っていた女性のラクス・クラインの上流階級のような優雅な物腰に影響されたのか、それとも妹のメイリンにまた何か言われて今に至るのか。どちらにせよ、すっかり霞みきった自分の頭では明確に推理できそうもない。どんな淹れ方にせよ彼女の淹れる紅茶は美味いと思っている自分としては、わざわざ丁寧に淹れなくてもいいと思う。だが、どうにも彼女はそれで収まる気はないらしい。

 「だめ、シンはそこで座って待ってよ。すぐに終わるんだから」
 「・・・わかったよ・・・」

まったく、といった様子で言葉を放つルナマリア。それに呆れた様子で返す自分。昔なら声を荒げていたかもしれないが、今はそんな思考も労力も持ち合わせてない。前々から自覚しつつあるが、どうにも自分は彼女に弱いらしい。だがきっと、それだけではないことは一応自分でも知っている。そんなことを考えていると、ふと思いついたある人物の苦笑紛れの一言。そう、思えばかつての上司にも言われたことがあった。
―――『お前、丸くなったな』、と。

「・・・・ったく、余計なお世話だ」
「シン、なんか言った?」
「いや、独り言」

つい表にこぼれた彼への言葉。だが実際、自分でもだんだん自覚しつつある。いつかはこんなことも言えなくなるかもしれない。
準備を済ませた様子のルナマリアがテーブルにティーポットと紅茶のシフォンケーキをのせた皿などを並べていく。明るいオレンジ色の紅茶――オレンジ・ペコーが波を打つように揺れるティーポットと、クリームたっぷりの甘い匂いを漂わせる紅茶のシフォンケーキが置かれていく様を見て、さすがに見ているだけということもできないだろう。立ち上がってカウンターにあるティーカップとフォークを置いた。思えばこのティーポット、確か何かのお祝いで貰ったとき以来、使ったためしがなかったはずだ。よくこんな家主の自分でも覚えてなかったものを引き出したものだと、心の中で少しだけ彼女を褒めたくもなる。
それだけ彼女が自分の家に足を運んでいるということでもあるかもしれない。
実際、そんなことを言う機会などないのだろうけど。

「今淹れるから」

そう言ってテーブルの横に立ち、彼女は静かに紅茶を注ぐ。作業を終えて椅子に腰を下ろして、それを見つめていた。女性特有の香りと、シフォンケーキのクリームの甘い匂いが漂う。
春の優しい日差しは紅の髪を包み込むように照らし、静けさを保つこの空間で彼女の微笑みがこの雰囲気によく似合うと思った。窓から入り込んだ微風が、僅かに彼女の髪を揺らし桜の花弁が舞い踊るように風に運ばれてこの部屋に訪れる様は、ある種の神秘さすら感じさせる。


(・・・・・綺麗、だな・・・・)


ただ、素直にそう思った。
なるほどアカデミーでも彼女のことについての話題が時々出ることに納得できる気がした。ルナマリアの容姿の良さを彼らは知っていたのだろう。当時はあまり気にかけてなかったが、今こうしてみるとその理由が頷ける。昔でもそうだったのだから、もしかして今ではあの頃よりもぐんと綺麗になったのだろうか。おそらく今の自分の立場を踏まえた欲目を引いても、きっとそうなのだろう。誰が言っていたかは知らないが、女性が綺麗に見える瞬間は突然訪れる。そのことを今日、しかも今知った自分としては嬉しいようななんとも形容しがたい複雑な気分だった。

「どうしたのよ?ずっとこっち向いちゃって」
「は?えっ・・と・・なっ、何でもない!」

まさか本人に「綺麗」だなんて言える心構えは生憎もっていない。そんなことを言えるのはあのフリーダムのパイロットぐらいじゃないだろうか。可能性としてはかつての上司だった彼もそうかもしれないが。

体温が上がる感覚を否めない自分が悲しく思う。落ち着かない様子の自分を見て首を傾げつつ彼女はゆっくりと椅子に座った。他愛もないない話を続けていくうちに時間は緩やかに過ぎていく。つくづく、彼女といると心が温かいもので満たされるような感覚を覚える。昔みたいな喧嘩のようなやり取りや、くだらない話で笑いあったりしていても。まぁ、こうして滅多に来ない休暇も率先して彼女といるのだから、今更といってしまえばそうかもしれないが。

しばらくして、時計の針が夕方ごろを示した。メイリンがそろそろ帰ってくる頃合を見てルナマリアは玄関に立った。そこでまた少しの会話を交わしてドアを閉める。僅かな名残惜しさを、胸に残して。





薄い青が空を包んでいる。雲が風に身を任せてゆったりと流れていた。カーテンがゆらゆらと揺らめく空間が心地よくて、うとうととテーブルの上で目を閉じてしまいそうになる。そんな自分を心中で叱り、重い腰をあげて立ち上がる。彼女から貰った、ラップのかかった余りものの紅茶のシフォンケーキを冷蔵庫に入れようと持ち上げると、何かが床にゆっくりと落下するのが見えた。手に取る瞬間、ふとケーキの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

「・・・何だこれ・・・・カード?」
しゃがみこんで手にとって見てみると、それは名刺程の大きさの厚紙。薄緑色で表に何も書いてない。自然な動作で裏を見て、思わず瞠目した。丸さを帯びた文字がカードに綴られている。


[いつもファーストフードばっかり食べてないで、
たまにはちゃんとしたもの食べなさいよ! 

ルナマリア・ホークより]


冷蔵庫の中身が異様に少ないこと、それに反比例するゴミ箱の埋まり具合。そのことで察したのだろうか、彼女は自分が料理をするのを面倒がってやらずに買ったもので済ませていたことを知っていたのだ。

「は、はは・・・・」

呆れを少し含む、世話焼きな彼女らしい文面に声を上げて笑った。
 その後、ルナマリアが紅茶にこだわった理由をシンは知るところになる。




























 暖かい光が差し込む春、彼女の違った一面を知る瞬間。


Teekanne (独):ティーポット







+あとがき+
p.m.企画第2段、ということでシン+ルナマリアです。
綺麗なお姉さんは好きですか?(古)みたいなネタできました。
TVで見てもルナマリアって結構美少女な部類に入ると思うんですが・・・!
なんだかんだでタイトルが「ティーポット」という関連のなさ。
毎度のことです、生暖かい目でみてやってください(笑)