言葉を切り捨てるのは容易なことなのだと、誰が言ったか。





「今のあいつに、お前は邪魔だ」

 そう切り捨てて、その男は事も無げに行ってしまった。刹那に時が止まってしまったような感覚を覚えながら、茫然と瞳を見開いたままでしばらくいた。
 私は彼をよく知っている。アカデミーから一緒にいる同期の仲間だ。だがそれも、所詮今はずらずらと羅列させた今までの事柄のようにしか思えなくなってしまった。私が戦う意志をもっていることは知っているはずだ。ならば何故、出撃させてくれないのだろう。私が戦わなくとも、二人でこの戦闘が済むと言うことではないだろう。また、力不足だと切り捨てる訳でもないはずだ。
 締め付けるように自身の手を握り締めた。掌から痛みが迸るのすら、胸に募っていく憤りには勝てない。霧のように胸を満たす怒りを誰とも向けられるはずはなく、唇を噛み締める。地団駄を踏む思いで、ただ凝然と、先程の男が向かっていた先を悔やむように見詰めた。力を持っているのに手が届かない。意志を備えているのに、見ていることしかできないのだ。
 

 自分の出撃を止めるあの男への憤慨と、
 自分が守られてしまう立場にいることがどうしようもなく、歯痒い。
 急かすようにブリッジへの通信が取れる画面の前へと進み、行動を移そうとする前に、思いとどまる。ああそうだ、あの二人は共にフェイスだ、と。いくら“赤”といえど、彼らのような立場には到底かなわない。ましてや「命令」とまで言われたのだ。
拳を壁に勢いよく当てつけると、顔を顰める。

「…こんな所で…っ!」
のうのうと、戦えるのに戦わず、画面に映る彼らを見守ることしか出来ないのか。滲むような痛みが走る。その痛みをかき消すように、堅く握り締めた。ヘルメットを荒く掴んで、エレベーターに急く。
着いた途端にコアスプレンダーへ走る。どうせ出撃は出来ないことは知っていた。それでも、もしこの怒りが消える場所があるのなら、此処しかないと思っただけなのだ。だがそれも、ほんの少しの気休めでしかない。それともう一つ、気持ちの落ち着かないままあの場所に居たら余計に気が乱れる。
抱えたヘルメットと硬質なシート、囲まれる計器にレーダー。今すぐに出撃できる。


「………シン・・・」


ぽつり、と呟く。
ドッグ内の喧騒や響き渡る機械音、それらが自分とは程遠い場所に存在しているような錯覚を覚える。ふと、言葉に漏れた名前を持つ人物の様子を辿った。思い出せば、自分の呼び声に彼は視線すらこちらへ向けなかった。あの時の声すら届いていたのかも私には知ることは出来ない。

 今ここで通信を開けば、彼と会話はできるかもしれない。その考えがふと過ったが、その思いを押し殺した。理由としては、心中に残存しているブリーフィングルームでのレイの言葉が浮上したからだ。フリーダムとの交戦では私は不要なのだと、彼は言いたいのか。
 シンが守ると言った私は、今の戦闘には邪魔なのだと。気が散って、集中できないとでも言う気か。

 歯痒さと当てようのない憤りが胸を満たす。それと同時に、自分の非力さにも。もう誰も失いたくないと思ったはずなのに、と。彼がもしも帰ってこなかったら、二人のうちどちらかがいなくなってしまったら、その思いが渦を巻いている。機体が損傷しているわけでもないパイロットが、何をしろというのだろう。今この場所にいる自分がひどく姑息に思えた。

 「――――――――っ!」
 歯噛みをしながら、ヘルメットに拳を叩きつける。
 自分の無力さに、彼へ言葉が届かなかったことに、この命令を下した人物に、腹立つ気持ちと遣る瀬無い思いを込めて。











 明るみを帯びていく機体の中で、殺したはずのフリーダムへの怒りと死んでしまった少女の仇を思いながら身体に染み付いた行動を順々とこなしていく。片隅に残る自分の名を呼ぶ、ルナマリアの声を振り払った。通信からはレイの声が聞こえる。そうだ、あいつも出撃するのだと思うと、ふいに彼女のことが胸を過ぎる。
 「レイ・・・・・・・・・ルナも、か。」
 自分でも弱弱しい声に、多少後悔した。今言うべきじゃなかったかもしれないと。顔を俯き、彼女が出ないはずがないだろうと、確信していた。
 だが「ルナマリアは今回の戦闘では力不足だ。俺が待機命令を下した」という淡々と述べられたレイの言葉に、驚愕を隠せなかったが、僅かに安堵した。彼女は少なくともあの機体に殺されることはないのだと。
 あの機体-----フリーダムがわざと敵の武器やアームを狙い、殺さずにいることは知っていた。だがあの機体はステラを殺したのだ、ルナマリアでも例外ではないのかもしれない。彼女が着々と腕を上げている、だからこそ。彼女は自分の腕の中で幸せに居るような人物じゃない。いつか自分を庇って死んでしまわないかと心配すらしてしまう程、彼女は強い。素直に守らせてはくれず、自ら戦いへと赴く。

 「・・・・・・そうか」

 一度きり頷くと、通信を切った。機体を移動させる時の轟音と、死んでしまった大切な人たちの思い出が巡る。ただフリーダムへの怒りが全身を動かすようだ。一息をついて、今か今かと出撃がひどく待ち遠しい。






















 これから赴く戦場に、守ろうとしている彼女がいないことが、
 おそらくは救いなのかのしれないと。
 ただ、そう思った

Schlachtfeld (独):戦場







+あとがき+
この話を「シン+ルナ」のカテゴリに入れるのか悩みました。
実際接触していないし、なにより2人ともレイとしか会話していないので;
42話を見た後突発的に書いたもので通常のよりも短いです。
…あのシーンで1個作ってしまったなぁと思うと、どうも(汗)
レイ+ルナでもないし、シン+ステラでもないこの話で結構自分自身「やっちゃった感」(謎)が・・・
突発なので、しばらくしたら降ろすか、もしくは修正します。


本人はシン+ルナを想像して書いたんです、一応(言い訳)