それは自負でも何でもなく、例えるのなら勘に近いものだった。




温暖な季節には雨が付き物だ、ということは知っていた。
気候の関係上そうならざる負えないことも。地球の環境の変わりように正直、最初は驚いた。天気予報なんて役に立つときもあるが殆ど意味を成さないときも多くある。なんて気分屋だと憤慨したくなるが、自然相手にそれは無意味だ。

大戦後、自分とシンはしばらくプラントに住んでいた。そして暫くして、この地球――オーブに降り立ったというわけだ。それまでにも色々あったが、この選択を間違えたと思ったことは一度もない。彼のそばにいることが、何よりも大切だと思っていたから。そして今は、アスランのサポート役を続けている妹と同居をしている。シンとは別々の家だが、彼の家にも時間を見つけてはよく遊びに行くし、その点になんら不満はない。
現在の不満といえば、ずっと電話しているのに妹がそれに出ないことで。

「・・・なんでこんなときだけ出ないのよ」

ぽつりと呟いた言葉の内に、怒りが含まれる。
やはり買い物に行く時間を見誤ったのだろうか。彼の家についてから行けばよかったのか、それとも重くても片手で済む荷物だからと高を括らずメイリンと車で来るべきだったのだろうか。シンの家に行くとしても、走って家に帰るのにしても難しい場所に来てしまったものだ。いずれにしても応える人物などここには自分自身しかいない。

ショーウィンドウに背をもたれて溜息を吐く。目の前には豪雨と名を売っていい程の大雨。地面は薄桃色で点々と彩られ、真っ白なコンクリートの僅かな溝に溜まる透明な雨水に浮かぶ桜色の花びらは綺麗だった。雨の中で力もなく落ちていく桜の花弁がこの雨の中でも際立っていた。先ほど買ったホットミルクを口に含みながらその様子をぼんやりと見つめる。飲み物から出る白い湯気が、羽のように散っていった。しばらくして、手が痛くなるのを感じ重い荷物を地面に置く。

本来ならシンの家に行って、お茶の時間にしている頃だ。
そう思うと傘を持ってこなかった自分の迂闊さを呪いたくなる。一度目に外に出た時に雨に気づいて、デパート内では電波が通りにくいと思い、そのまま屋根の下で雨宿りをしている。シンもメイリンも、一向に電話に出る気配はなかった。メイリンはともかく、今頃シンはソファーで横になっているせいで電話に気づいてないのだろうかなど考えを巡らせる。仕事疲れだということは知っている。だが、こういうときに限って少しだけ不謹慎だが思ってしまうものだ。



こんなとき、彼が来てくれたらどんなにいいだろう、と。



 そんなことを思っていると、不思議と本当に来てくれるような気持ちになる。
それは彼が自分を気遣ってくれるという自負でも、何でもない。例えるのなら勘に近いものだ。だからあまりそれらの感覚に期待してないし、信憑性が大きく欠如していることも自覚している。
 来るはず無いだろう、そう思っていると遠くから足音が聞こえた。


 「・・・・・何してんの?ルナ」


 その声は自分が何よりも待ち焦がれていたもので、そして今日約束した人物のものだと瞬時に理解する。青い傘を広げている彼の手には赤い傘。目を丸くしながら雨宿りをする自分を見つめる相手に、電話に出てもらえなかったことが拍車をかけて口を開いた。

 「あ、あんたに電話してたのよ」
 会えて嬉しい、という気持ちを胸の底に沈める。短く済ませた言葉に、シンは軽く「家に忘れた」という爆弾的な発言を会話の中に投下した。昔と変わらず、暫く喧嘩のようなやり取りを繰り返していた。話を聞いていると、どうやら彼は自分が来ないのを不思議に思ってメイリンに電話してみたところ“出掛けている”という言葉をもらってここに来た――というわけだ。お互い減らず口を叩いている中、その背景では徐々に緩まりつつある大雨。今ではすっかり小雨になってしまっている。本当に、地球の気候は変わりやすい。そんなことを肌で実感し、会話も穏やかさを取り戻す。その雰囲気にのって「それで?何であんたがここにいるの」と純粋に質問を投げかけると、シンは一拍置いてようやく気づいたかのように一つ頷き口を開く。

 「迎えに来たんだ、ルナのこと」

 その言葉に思わず絶句する。自分の勘が当たってしまった以上に、迎えに来るという目的を持ってきてくれた嬉しさが胸にこみ上げていたからだ。無意識に顔が綻ぶ。シンは自然に微笑んで、地面においてあった荷物を軽々と持ち上げた。自分が苦心した、あの荷物を。そし閉じていた青い傘を広げ、ついでにルナマリアの分の赤い傘を勢いよく広げた。曇天が重く垂れ込める中、その鮮やかな色の対比はこの空間を色鮮やかに彩る。
 荷物を傘を持つ手と同じくしたシンは、半身をこちらに向けてごく自然に手を差し出した。

 「帰ろう、ルナ」
 優しい口調で言うシンを見て、胸に温かい灯火が点る。最初のうちは双眸を丸くしていたが、すぐに自然と顔が緩む。ゆっくりと差し出された手を取って彼に聞こえるようにはっきりと言った。

 「・・・・・・ん、わかった」
 赤い傘と青い傘が揺れる。雨は勢いを弱めて、灰色の雲は風に流されるように消えていった。七色の虹が視界の端に架かっている。土砂降りの中迎えに来たお陰で傘を差しながらも濡れてしまい、くしゃみをするシンの横でルナマリアがそっと笑う。



























 帰ったら、温かいミルクでも淹れてあげるよ。
 迎えに来てくれた君への、ほんのささやかなお礼としてね。





Milch (独):ミルク


+あとがき+
というわけでp.m.企画第4段。なんだかこのサイトにしては砂糖が多い気が(笑)
本当は赤い傘と青い傘のネタ元は結構前に書いたアスランとカガリの話から。
この話は案外あっさりと完成、「帰ろう」の部分を書きたいがためにここまでやってきたよ・・っ!(何)
それにしても大戦後はどこに住んでるんでしょうかね・・・スペシャルエディションで出るかな。
FINAL PLUSではオーブにいたけどなぁ・・・