空気のような存在は、多分こんな感じだと思う。 「シン、お姉ちゃん知らない?」 いつもは食堂で一緒に昼食を食べている時間。メイリンに問われて、常に一緒にいる女の子がいないことにシンは疑問覚えた。 クルーやレイに聞いても知らない様子で、シンは一つため息をついて、ルナを探すためにこの広いミネルバを歩き始める。 「アイツ・・・もう昼だっていうのに」 悪態をつきつつ、シンは探す足を止めなかった。 部屋にもいない、自動販売機のところにもいない。ましてや、MSのところかと思っていけば、結局は無駄足だった。思い当たるところを回ってみても、何処にもいない。 (どっかで寝ていたら、今日のランチぐらい奢って欲しいよ・・・) とはいっても、探しているのは自分の勝手なのだから、どうにも文句が言えないのだ。 「よっ!シン!」 食堂のところから顔を出したのは、ヴィーノだった。いつも一緒にいるこの友人に愚痴を零したい気もしたが、ルナを探してからにしようと、シンは思った。 「ルナを見てないか?・・・・・昼なのに見当たらなくて」 「何だよ、ルナマリアなら・・・・・」 ヴィーノはしばらく考え込むと、いきなり思いついたように明るい顔を向けて言ってきた。 「そうそう、1・2時間ぐらい前まではザクのとこにいた!」 (・・・1・2時間って、もういないって事だろ・・・・) 心の中で悪態をつきながら、ヴィーノに感謝の言葉を残していく。今は人も少ないだろう。再びMS倉庫へ足を向けた。 案の定と言うべきか、MS倉庫にはいつもの半分ぐらいしか人はおらず、そこにもルナの姿は見当たらなかった。 赤服に短い桃色のスカート。目立たぬはずはないし、逆に目立たないほうがおかしいと思う。 「おーい、そこ危ないぞー!」 「あ、スイマセ・・・・」 いきなり声を掛けられて謝ってしまう。よくよく頭の中で考えてみると、よく聞きなれた声だということに気づいた。 「何だよ、シンか」 「俺じゃ悪いのかよ」 振り返るとヨウランがボードを持ちながらこちらを呆れたように見ていた。 「お前、ランチはどうしたんだ。さては、ルナにでも振られたか」 にやにや面白げにこちらを見てくるヨウランに、シンはため息をついた。振られるとはどうことなのだろう、付き合ってもないのに、と。 「ルナを探してるんだけど・・・・見てない?」 「俺ずっとココにいたしなぁ。1・2時間前なら見たけどすぐにどっかへ行ったぞ」 「あ、うん。ありがと」 やっぱり、ここにもいない。 いつも隣で一際喋る彼女がいないと、だんだん寂しい気もしてきた。よく人に、姉弟のようだとも言われている。でも、彼女も結構子供っぽい。いつも傍にいても、あまり姉という感じがしなかった。 「いないと不安になる」という感じだろうか。 子供じゃないのだからそうはならないと思っていたが、こうも探してもいないと不安になってくるのは確かで、その不安に耐え切れずに艦内中をぐるぐると探しているのも確かなことだ。 「・・・・『空気』みたいな奴だな・・・」 ぼそりと、誰にも聞こえない声で呟く。 いつもそこにいるのが当然で、彼女からいつも話してくるのも当たり前のようにも思っていた。 (あながち、あってるかもしれない・・・) 肯定してしまうのも悔しい気がする。 要は、自分は彼女がいないと不安なのだと。 よくよく考えてると、なんだか恥ずかしい気がしてきた。これだけ探してると、変に誤解されないか心配になってくる。 「・・・・・ったく、」 髪をクシャクシャとかき乱す。 足からやたらとだるいものを感じて、近くの座れる場所にでも座ろうかと思って、あたりを見回すが、まだMS倉庫を回っていたことにシンは気づく。 「・・・・適当に見つけるしかないか・・・・」 今日、何回ついたかわからないため息をついて、だるい足を我慢しつつ、また歩き出した。 しばらくして。足の疲れに限界を感じて、座れる場所を探しているシンだったが、突然忘れていたことを思い出した。すると、とたんに軽い足取りで歩き出す。 (パイロットルームを忘れてた・・・) といってもスーツに着替えるわけでもないし、戦闘もない。 しかし、座れる所といったらあそこが一番近いのだ。 足のだるさもピークだった。何せこんなに広いミネルバを意味もなくずっと回っていたわけなのだから。いくら少し体力に自信があったとしても、さすがに疲れるなというのは無理な話だ。 ただ、体力づくりにはいいかもしれない。とは思ったが。 パシュッ 独特の自動ドアを開けて、勢いよく長いすに座り込んだ。 「あー・・・疲れた」 背を持たれかけて、ゆっくりと深呼吸をする。目を閉じた。しばらくして、ようやく足の疲れも落ちつい来て目を開けると、思いもかけないことが起こっていた。 ルナが、横になって寝ていた。 「マジか・・・・・」 こんなところで寝るか?と心の中で悪態をつきつつ、シンは重い腰をあげてルナに歩み寄る。 「おーい、起きろー」 幾度か声を掛けるも、ルナは起きる様子が見えない。どうやら、もうすっかり寝入っているようだ。 軍人といえども、女の子がこんなところで寝ていると危ないだろう。しかもスカートも短い、見えるか見えないかきわどいところだ。付け加えて、熟睡している。 ドサッ 仕方がない。と、ルナのすぐ横に腰を掛ける。 「たく、ここまで歩かせといて・・・・・」 勝手に探し出したのは自分だ。だが、どうにもこうにも寝てるとなるとなんだか腹立たしい。横目でルナを見やると、鮮やかな真紅の髪に恐る恐る触れる。それは指の間をすり抜けていくようにさらさらしていた。 多分、毎日気を使っているのだろうな、とシンはふと思った。 ポン、とルナの頭を撫でる様に触る。 一瞬だけ、今は亡き妹を思い出す。 「・・・・・お疲れ」 自分と、そして目の前にいる彼女にその言葉を言いかける。 安心すると、急に眠気が襲ってきた。 ずしんと瞼の上が重たくなってきて、しばしまどろむうちに、それに逆らうこともなく、シンはゆっくりと目を閉じた。 「あーっ!シンとお姉ちゃんこんなとこにいて!」 はつらつとした明るい声が耳に響いて、まだ眠たがっている自分をいそいで奮い立たせて、何だろうかと、目を大きく開ける。拗ねたように言うメイリンの後ろには、腕を組んで呆れた顔をしたレイがいた。メイリンの声に反応してか、ようやくルナも目を覚ます。 「あれ、メイリン?」 ルナは起きると早々に目をぱっちりと開けてメイリンのほうを向いた。一方のメイリンはすっかり呆れてしまった様子だ。 「・・・・・・お昼、終わっちゃったよ!」 そのメイリンの言葉に、ルナは驚いたように目を大きく見開くと、急いで立ち上がった。 「どうしよ・・・・・まだお昼食べてない!」 心底悔しそうな様子のルナが可笑しくて、つい笑みを零す。 「どーして起こしてくれなかったのよ!」 「ルナが起きなかったんだろっ、俺だって探したんだぞ!」 「起こしてくれればよかったのに!」 「もともとルナが寝たのがいけないんだろ!」 いきなり理不尽なことを言われても困る。こちらだって必死に探したのだ。寝たって起こられることはないと思う。 「まだ軽食ぐらいならあるはずよ!ほらシン、いくわよ!」 「はぁ?!」 いきなりルナに腕を引っ張られる。あやうく転びそうになった。 「もう間に合わないって!」 「間に合うわよ!最後まであきらめないの!」 勢いよく走りながら引っ張られているものだから、こちらも走るしかなくて、走りながら間に合う、間に合わない、の言い合いをしつつも、結局は彼女のペースに巻き込まれる。 「空気みたいなやつだな・・・」 ルナに聞こえないような声でシンはぼそ、と呟く。 どこか掴めないし、それでもいないと不安になるし、心配してるのに何処にいるかわからないときがある。 彼女を形容した言葉としては、いいほうではないだろうか。 「ほら、もっと走る!」 「今でももう十分走ってるっ!!」 いつのまにか、気づかぬうちに顔が綻んでいたのは、別の話。 |