お菓子や紅茶が人の心を和らげると、聞いたことがある。




「・・・・・確か、一昨日がダージリンで、昨日がアップルティー・・・・っだっけ?」
その声に、ふとルナマリアは動作を止める。
手には今日淹れるアールグレイの茶葉缶を握ったままシンの方を振り向いた。普段は雑学とかにも無関係で、アカデミーにいた頃なんか理論という言葉からかけ離れたイメージを持っているこの同僚が、紅茶の銘柄を覚えていることに驚嘆した。身体もそちらにむけてしばらく彼を驚きの余り凝視していると、「なんだよ」と抗議の声があがった。それに気づいて言葉になるかわからないまま口を開く。

「意外、っていうか・・・・・よく覚えたわね、シン」
「いつもお前が名前言ってるだろ、それだけ覚えただけだって」
そうするとシンはアンティークを思わせる鮮やかに彩られたティーカップに口をつけた。だって、本当に意外なんだもの。と笑みを含んだ表情で言うと、相手は頬を僅かに赤くしながら、拗ねた顔で視線をそらされる。
温めておいたティーポットに茶葉を入れて、沸かしたてのお湯を入れて蒸す。
近頃雑誌で見た“紅茶の入れ方”という記事に目が入って、とうとう実践するまでに至る。
お茶飲み相手はもっぱらシンだけだった。ヨウラン達曰く、いつも反抗的な態度を取ったりするシンが優雅にお茶を飲むなんてありえない、らしい。それでも私が彼にしか淹れる気が起きないと言うのだから、自分でもおかしいかもしれない。

お茶菓子とかは休暇にでも街へ出て日持ちのいいのを買ってくる。もしくは、クルーからの貰い受けだったり、メイリンが時々作るお菓子だったりと様々だ。
私もそれに時折加わり、作ったのをシンに食べてもらったことがある。美味しいといってもらえて嬉しいのはつかの間。「ルナが作るなんて意外だ」と呟いたのには少々腹が立ったことが、今でも覚えている。

 「今日の、ルナが作ったのか?」
 目の前に出されたチョコクッキーをまじまじと見つめながら上目遣いで私に尋ねる。やはりこういうところが子どもらしい、などと思ってしまったことは胸にしまっておこう。
 「まぁね、また“意外”とか言ったらふっとばすから」
 いたずら半分でそう言うと、シンは「もう言わないって、ルナの作ったやつって、美味いから」とか普段人前で見せないような満面の笑みで言われて、私もつい笑ってしまった。おそらくこの笑顔が見れることが、このひと時を共にする私の特権なのかもしれない。いつ何時戦闘に入るか分からないものだから、あまり手の込んだものは作れないのが惜しい気もするが。

「今日はチョコクッキーって言うんだけど・・・・あ、シンってコーヒー好き?」
「好きっていうか・・・・よく飲むかな」

と、シンが頭を掻きながら本気で悩んでいる様子を見て、おもわず笑みを零してしまった。そしてまたその表情のままで次のお茶会メニューを考える。次は何にしようかとか、お菓子はいつ作れるだろうかと、自分の性にあわないようなことがこの時間に次々と思いついてしまう。そうすると自然に顔が綻ぶのだ。
チョコクッキーを頬張りながら、シンは「あ、これ美味い」と呟いた。

「次はコーヒーにしよっか。お菓子、なにがいい?」
「うーん・・・何でもいいよ。ルナが作ったやつ、おいしいから」
 言われたこともなかった言葉に胸が踊る。自分の作ったものが素直に誉められたことなどなかったし、作る場所も、ましてや作るような私のイメージも無かったからこそなのだろう。まるで、胸がいっぱいになるような幸せだ。
 「ありがと、シン」
 自分の今の気持ちを表せるように微笑むと、「いきなりなんだよ」と意外そうにまた微笑んだ。穏やかな雰囲気、お菓子や紅茶が与える心の安らぎ、心を満たすような幸福感が愛しい。

 また暇になった時、できれば明日か明後日に。君と共に笑い会える時間があれば、それだけでも幸福感で胸が満たされるのだ。






















 それは、とても素敵なことなんじゃないだろうか。



Keffee(独):コーヒー