それはきっと、その一日を彩った煌く光。




 千葉に足を運んだ日は、学校の創立記念日――つまり休日だ。仲間内で「予備校探し」と言うも目的の下に来ていた。高校二年ともなると周囲は予備校をとうに決めていた。進学校と銘を打っている自分の高校では、高校一年から大学へ向けて予備校に通うものも少なくない。“The World”を長い時間プレイできたのはひとえに自宅勉強で持たせていたのがあった。

 「おい、三崎。昼飯どーする?」
 「別に・・・どこでもいいんじゃねぇの」
 「千葉に来るだけでも金かかるからなぁ・・・安いとこで済ましたいけど」

 隣で愚痴をもらす友人。自分の財布は生憎彼と同じような惨状ではなかったが、かといってファミレスに行けるほど潤っている訳でもなかった。金勘定を始める友人に「俺も安いところがいい」と意見すると、相手は残念そうに「お前に奢って貰うって手もあったのに」と吐いた。その言葉に頭で何かが切れた音がする。目の前の奴はこの間貸した金を前倒しをしているのに気づいていないのか、今度学校であったときには請求してやろうと心中で決意する。
 「大体、お前“千葉は俺に任せとけ”って言ったくせに何やってんだよ」
 「うるせぇなぁ・・・過ぎたことはしょうがないだろ?三崎。」
 過ぎたも何も、と言いかけて辺りをふと見回すと、無数に立ち並ぶ建物の中で目に入ったのは鮮やかなオレンジ色の看板、そこには大きく「吉田屋」と書かれていた。吉田屋といえば牛丼で有名な店舗だ。そこから、あるメール内容が連想された。それは生活の一部のような「The World」でのやり取り。

 ―――『好きな食べ物は…
 「・・・牛丼、か」
 そう、アトリの好物だった。確かグルメのグリーティングカードを送った時のことで、彼女からの返事には結構驚かされた。
 (普通、牛丼とか言わないよな・・・)
 偏見的かもしれないが、菓子類やTVでも放送されるような洒落た料理かと思いきや、カードの返事が牛丼とは想像の域を超えていた。それから知ったのは彼女が家庭的だったことや、冗談ではなく本当に牛丼が好きなこと。世の中広いもんだ、と改めて感じる。そんなことを考えていると、自然と笑みが零れた。
 先ほどの「牛丼」という自分の発言に、訳も分からぬ様子で考え込んでいる友人に目的の場所を指差しながら言った。その顔に、知らず知らず笑みを浮かべながら。
 「昼飯、牛丼ってのはどうだ」
 自分の言葉に、彼は納得した様子で大きく頷いた。

 ガラリ、と引き戸を開けるとそこには休日と言えどちらほらとサラリーマンの姿が目に付いた。友人と座れる席を探す中で一番目に付いたのはスーツ姿の男達なのではなく、むしろその狭間に見える女子高生と思しき少女の姿。見た目高校1年といったところか。連続して空いている席はその少女の隣しかなかったので、仕方なくその場に腰を落ち着ける。

 「あ、すみません。特盛一つお願いします」

 透き通った声が隣に居た少女から発せられると、一瞬にしてその場は固まった。見た目華奢で小食そうな女性が「特盛り」を頼んだことに騒がしかった辺りの男達は目を丸くして少女のほうを見た。だが少しして少女の手に“特盛りただ券”を見て納得したのか、すぐに彼らは彼女から視線を逸らして動き出した。暫くして店員が持ってきた牛丼特盛りを美味しそうに、また行儀よく食べる彼女の横で、自分はある種尊敬の目でみつめながら「並」の牛丼を口に入れていた。

暫くして、ようやく腹も膨れた頃に、外から雨打つ音が聞こえた。周りでは口々に天気に対して愚痴をもらしている中、自分たちも例外ではなかった。
 「雨か・・・他の奴らは此処に来る前に別れたし・・・俺ちょっと、傘買いにいってくる。立て替えといてくれ、三崎」
 「ああ、わかった」

 そう言葉を交わすと、彼は雨の中走っていった。代金も払い終わって店先の看板下で雨宿りをしていると、少しして自分の横に雨宿りするものがもう一人現れる。それは、先ほどの少女だった。目の前の雨を見つめ大きなため息を吐く彼女の様子が、ふと彼女と重なる。ここに来る一因ともなったアトリだ。さっき聞いた声も聞き覚えのある声と思ったが、まさか本人と言うことは無いだろう。彼女も千葉に住んでいるとはいえそこまで日本は狭くない。どうせ別人だ。
 雨が地面を打つ音がより一層強くなる。店の前で、先ほどの少女が困りきった様子で落ちてくる雨滴を見つめていた。奥行きの無い軒下で待っているのは自分と彼女の二人だけだった。店の中で待つという手もあったが、こういう客の回転率が良い店ではゆっくりできないだろうということで、渋々肌寒さを感じる外でわざわざ待っていた。

 「どうしよう・・・今日クエスト行く約束してたのに・・・」

 “クエスト”という言葉に反応して、ふと視線を真横に向けると、そこには頻りに腕時計と目の前の光景とを交互に見ている彼女がいた。“クエスト”ということは彼女もネットゲームをしているのか、と漠然と思った。約束の時間を過ぎてしまうとは彼女もついていない。時間を過ぎただけで怒る奴も少なくは無いのだ。
 (ご愁傷様)と心の中で思いつつ視線を店前の風景に戻そうとすると、彼女はガサゴソと鞄を漁りだした。携帯でも探しているのか、その手つきは危なっかしく、必死で探していることが裏目に出て中のものが零れかけている。
 (あ。あの紙束、落ちるな)
 そう思った瞬間、それは自分の予想通り地面にゆっくりと軽やかに落ちていった。じわりと端が濡れているが軒下のお陰で、ずぶ濡れは防げていた。その表紙には“The World攻略ページ!”という何処かの攻略サイトの一部だった。本人の全くと言って良いほど気づいて無い様子を見て、ため息をついた。
 面倒そうにそれを拾い上げ、彼女の肩を叩く。いきなり肩を叩かれて驚いたのか、勢いよく此方を向いた瞬間にボロボロと鞄の中身が落ちてしまった。

 「すっ、すみません!」
 ひどく申し訳なさそうにそう言いながら地面に散らばる物品を拾う彼女を見ていて、何もしない自分に居辛さを感じて少し経ってから彼女のものを拾うのに手伝った。その間に何回も「ありがとうございます」と言われ、何故だか目の前の少女と、“The World”にいる少女とが重なった。

 「これ、アンタのだろ。」
 「あ、はい。私のです・・・ありがとうございます!」

 全てが拾い終わった後に、先程の紙束を渡す。相手は大切なもののようにそれを抱き締めながら繰り返しお礼を言った。
不思議なもんだ、と思った。普段は積極的に人と関わろうとしない自分が、今こうして目の前の少女の物を拾ってやり、あまつさえ今のこの会話が続けばいいとさえ思っているなんて。

「呪療士、なのか?あんた・・・The Worldで。」
「え?どうしてわかったんですか?!」
ひどく驚いた様子で、目を丸くして此方を見つめる相手に、少しだけ身を引いた。ここまで驚かれるとは思ってなかったが、よくよく考えれば赤の他人がネットゲームでの自分のジョブを知っていれば誰でも驚くか、と納得して変な誤解を受けないように理由を話す。

「いや、何でって、最初のページがそれだったし」
「あぁ、それで・・・・・はい、私、呪療士なんですよ」
「それじゃあ、単独でクエストはできねぇな」
「はい、だから今日は仲間の人と一緒に行くんです。えっと・・・」
「三崎」
“貴方”と呼ぶのに抵抗があった様子の相手に、素早く名前を言う。言った後に、(別に教える必要ねぇじゃねぇか)と後悔したのは言うまでも無い。
「あ、すみません。えと、三崎さんはThe Worldは?」
「まぁ一応・・・ギルドは?」
「名前、日下です、日下千草。・・・えっとギルドは・・・」

何かを言いかけたその瞬間、ポンと肩に何かが置かれた感触があった。その方向に目を向けると、そこには口元を歪めて笑っている友人の姿。「お前、俺に傘買わせといて何やってるんだよ」と額に青筋を立てている友人。「ほら」と荒々しく渡されたのは新品のビニール傘だ。
「おら、行こうぜ三崎。あと君、ごめんな、邪魔しちゃって」
友人の冗談に、彼女は顔を真っ赤にした。今時こう冗談を本気にする女子高生も珍しいな、とぼんやり思いながら、彼女と目の前の天気を交互に見た。友人はその様子を見て(変な誤解をしたらしく)、そそくさと自分に一言謝り先に帰ってしまった。すれ違いざまに聞こえた「これで立替え無しな」と言う言葉は聞かなかったことにしておこう。
「あ、それじゃあ・・・ありがとうございまいした」
少しだけ残念そうに笑う少女に、胸の中に言いようもない感情が湧き出してくる。それは居た堪れなさや、罪悪感や後悔とは違った、なにかが。


「これ」


と相手に押し付けたのは先程友人が買ってきたビニール傘。ぶっきらぼうになったのは、おそらく気恥ずかしさからだろう。相手は目を見開いて、驚いた様子で、すぐさま「いえ、大丈夫です!三崎さんが濡れちゃいます!」と断ったが押し付けた以上引くに引けず、そのまま傘を握らせ「クエスト、遅れるなよ」と言葉を残し駅に走った。
あの日の情景を今見るなんて、夢でも見てるのか。









「ハセヲが寝落ちなんて珍しいなぁ。そういえばアトリちゃん、このあいだのクエストどうだった?クーンさんと一緒だったんだよね、大丈夫だった?」
「はい!私は回復したりするだけだから、あまり役には立てませんでしたけど・・・・」
「あ、いや。そういうことじゃなくて・・・・」
口説かれなかったか聞きたかったんだけどなあ、とアトリに聞こえない程度の声でシラバスはボソリと呟いた。今、ハセヲを含めた3人が居るのは、カナードの@HOME内だ。壁に背をもたれ、座り込んだまま微動だにしないハセヲと楽しそうに会話するアトリとシラバスがいる。先程の会話から少しして、ハセヲは目を覚ました。
「う・・・・。なんだ、俺まさか寝落ちして・・・」

「あ、ハセヲさん!」

ゆるゆると視界が開けていく中、少し離れた場所から聞き慣れた声が聞こえた。ふ、と視線を上げると笑みを浮かべた少女がいる。


―――『名前、日下です、日下千草。・・・えっとギルドは・・・』


「あんた、あの時の・・・・」
とその後に名前を言いかけたがすぐにその少女の幻像は消えて、実像が浮かんできた。目の前に居たのは、あの時の少女ではなくアトリだった。相手は首を傾げて、不思議そうな様子で此方を見つめている。そんな彼女に「なんでもねぇよ」と返し立ち上がると、背後からアトリが腕を引っ張った。
「何だよ!」
突然のことに声を荒げると、彼女はびくりと身体を一瞬堅くした。そのすぐ後に不安そうな笑みを浮かべて言った。

「あの、これ。このいだのクエストで・・・ハセヲさんに良い武器があるって聞いて」
「え、あ。・・・・ありがと、な。アトリ」
「いいえ、喜んでもらえたならよかったです!」
そう言って、アトリは嬉しそうに笑った。
「あ・・・・」

その表情に、ハセヲは言葉にならぬ声を口から零した。
―――『ありがとうございます!』
ああ、またあの少女が。


寝惚けてでもいるのだろうか、今の自分はどうにかしている。
「まさか・・・・な」
 



















 あの少女と、目の前の彼女が重なるなんて。
 

  Image (英):面影







+あとがき+
猫まっしぐらならぬ趣味まっしぐら(笑)
リアルネタ、想像した出したら止まらなくなってしまい
通常の1.5倍の長さでお送りしました。はい、愛ですよ愛!
3巻全部集めたら、キャンペーンでvol.3の後日談がプレゼントらしいです。
か、かなり欲しいです・・・;

今回のタイトルでもある「面影」=「Image」なんですが、
訳としてはぴったりというわけでもないようです。
日本語での「面影」という意味を「Image」が完璧に持っていると言うわけではないので、
別の訳もあるよ〜、と思う方はどうぞ葛切へ!
もれなくそのタイトルで別のネタを考えさせて頂きます(ォィ)