あの時感じたわだかまり。一体何なんだろうか、この感覚は。




「いきなり呼び出したと思えば・・・」
「まあまあ・・・落ち着いてよハセヲ」
「俺はこれでも落ち着いてるつもりだ」

何が悲しくて、こんな日にシラバスとお茶しなければならないのか。とてもグラフィックと思えないほど精巧に出来た手元のティーカップからは、細かな所まで造りが出来ており、湯気が立っていたり、動かすと表面が揺れていたりした。
 マク・アヌで一日限りのイベントだとかで、広場を眺めることの出来るカフェが出来ていた。ここに出される菓子や茶類は全部回復アイテムになるらしく、レアを求める者や好奇心旺盛なもののお陰で客の出入りも激しかった。完全予約制、と銘をうって名前はともかく、人数分のチケットさえあれば入店できるとか。
 「やっとも思いで二枚手に入れたんだし、全部使わないとなって。
 ガスパーは今日用事があるみたいだし、クーンさんはこの時間空いてなくて・・・」
 「だから俺かよ」
 不満げに呟くと、自分の言葉端に滲む不満を感じ取れていないのか、シラバスは「そのとおり」と人の好い笑みを浮かべた。

 「アトリでも誘えばいいじゃねぇか、野郎とよりかはいいだろ?」
 「うん・・・まあそれも考えたんだけどさ、
 アトリちゃん誘うと誰かさんが怒りそうだなあと思って止めたんだ」
 「はあ?誰だよそいつ」

 あれ、もしかして気付いてない?シラバスは目を丸くした。目の前の彼――ハセヲはアリーナなどでもチームを組んでいた所為で付き合いは長いと思っていた。確かにたった数ヶ月だったが、過ごしてきた日々の濃度がかなり濃い。割かし彼のことはわかっていたつもりだが、どうやらこの考えは違うのか。アリーナ控え室や普段のやり取りをみていて、「榊」の言葉に反応していたのは別の理由か。
 紅茶を口元へ持っていった。茶の量は減るが当然味覚は感じない、だが少なくとも「飲んでいる」ような気分にはなれた。こうゆっくりしたのも、久しぶりな気がする。なるほどお茶が人の心を安がせると言うのはあながち間違いでないのかもしれない。味は感じなくとも、こうして緩やかな時間を味わえるのだから。
 「それよりも、店番誰に任せてきたの?」
 「ああ。アトリに頼んだ」
 お前、俺のこと呼んだし、と事も無げに言う相手。おそらくガスパーから頼みのメールがは入っただろうに、とぼんやり思った。今頃店番している当の彼女はどうしているのやら。広場が一望できると言うこのカフェの窓を覗くと、そこには彼の言うとおりアトリが店番をしていた。せかせかと働く彼女を見ていると、こうしている自分に罪悪を感じてしまいそうだ。
 「あ」
 何処に宛てる訳でもなく、その声は消える。目の前の少女が、数人の男CPと談笑していた。人当たりは然程悪くない彼女のことだ、打ち解けたのだろう――と思っている矢先、彼女の表情が曇っていく。
 助けてあげたいが、おそらくそれは自分の役目じゃないだろう。

「ハセヲ、アトリちゃん絡まれてるよ」
「はぁ?!」

予想通り、というべきか。大きな音を立てて椅子から立ち上がると、彼は窓の方を見て、落ち着いたようにまた腰を落ち着ける。
「何だよ・・・話してるだけじゃねえか」
「そうかなぁ、アトリちゃん困ってる風に見えたけど・・・行ってあげなくて良いの?」
「お前が行けばいいだろ・・・あのぐらい、別に絡まれたって言うほどじゃ…」
「僕じゃあ言っても聞いてもらえないだろうし・・・あ、手首捕まれた」
ガタンッ!
最後の言葉が聞いたのか、彼は足早に店を出て行った。「何やってんだ」とか、「もっと警戒心ってもんを・・・」とか色々呟いていたことは無視しておこう。最初に男と話していたときから心配だったのだろう。
本当に、素直じゃないんだから。とぼんやり思った。


 「・・・でさ、今度俺たちとパーティ組まない?呪療士いなくてさー」
 「あ、はい・・・時間が空いてるようなら・・・・」
 「じゃあ君のメンバーアドレスいいかな?」
 「え、えっと・・・・」
 目の前の彼らの誘いを受けてしまったら、おそらくハセヲ達のパーティに参加することが難しくなるかもしれない。そんなことを思いながらも彼らの勧誘をきっぱりと断ることが出来ずにいた。おそらくそれが、自分の欠点の一つだろう。
 どうしよう、渡してしまおうか。心の中で決意したその瞬間。

「何やってんだよ」

 不満満杯、といった感じで放たれた言葉端に現在の彼の機嫌が悪いという事を示している。彼の姿を見るやいなや、今まで執拗に誘ってきた彼らは目を丸くした後そそくさとこの場を離れた。
 「あ、あの・・・ハセヲさん?」
 彼に店番を頼まれたのに、どうしたのか。今日はいつものギルドメンバーと用事があるといっていたのに。
 「お前さ、ああいうのにいちいち対応してんなよ」
 「え?でも誘ってくれたのに悪いかなと思って・・・」
 「ああいうのは、フィールドに出た瞬間PK(キル)されるんだよ!知らねぇのか?!」
 「そ、そうなんですか・・・?」
 「そうなんだよ!」
 


 ぼんやりと、広場の彼らの姿を見つめているとかつてのカナードギルドマスターがドアを開けて顔を出した。「元気か、シラバス」と陽気な声をかけられそれに頷く。どうしてきたのか、と聞こうと思うと相手は窓の向こうの広場を指差し。
 「まあ見てみろよ、あれ」
 「ああ、それなら知ってます。クーンさん」
 「え?!じゃあ俺来た意味なし?」
 「ハセヲ出てっちゃったんで、なんだったらゆっくりしていきませんか」
 「お、ありがとな。シラバス」
 そうして彼と談笑している間にも、広場をちらと見ても、未だ二人の話し合いが終わらない様子だ。終わったら、三人でクエストもいいかもしれない、とぼんやり思った。店は今日ぐらいしめてもいいかも、と。
 想像するまでもなく、彼が一方的に怒っているだけのようだが彼女もそれに対し真面目に対応している所為か話が長くなるのだろう。
 「素直に心配だって、言えば良いのになぁ」
 ぽつりと呟くと、目の前の相手は納得した様子で自分と同じ方向を見つめた。顎を掌に置いて面白げに笑っている。きっとハセヲに話した時の話のネタにするつもりだ。
 砂糖みたいに甘くなくてもいいけどさ、もうちょっと優しくても。と、目の前のクリームたっぷりのシフォンケーキを見つめながら言った。



























 何時になったら、自分で気が付くのか。
 そんなことを思いながら、味のしないケーキにフォークを入れる。


Icing(独):砂糖がけ