人の命も、いつかは散ってしまうのか。 桜並木だった街路。今は新緑に移り変わりつつあるのが見える。 路には散った桜の花弁があちこちに落ち、踏みつけられた痕があった。 「桜、散っちゃったな」 街路を歩く、一人の男が空を仰いで、言った。 植物の明るい初夏の色とは反対の、闇色の髪と、血の色を連想させるような赤い瞳。両腕に抱え込まれているのは、今にもその紙袋から溢れ出しそうな、食べ物や雑貨の山。化粧品や小さい本、ジャンクフードやゲーム。あきらかに軍人とはかけ離れた物の集まり。 「そうね、こっちはしばらく雨だったし。花びらも散っちゃうでしょ」 その隣を歩く、一人の女。男の言ったことにこれといった反応はせずに、応える。路にある淡紅の花弁とは違い、一目見たら印象に残るような深い紅色の髪。それとは反対の、空を映し出したかのような鮮やかな蒼い目の色。女も男と同じく両手に紙袋を抱え込んでいた。女は黒いジーパンのポケットから取り出した少し破けている紙切れを開いて見る。どんな内容を読んだのか、次の瞬間に、嬉しそうな顔で男の方を向いた。「買い物も、次で最後よ」という知らせをシンと呼ばれる男に言うと、相手も喜んだ様子で顔を綻ばせた。 「いつもより桜、散るの早いんだな」 懐かしむように、シンは誰にも語りかける様子もなく、呟く。 いつもは、戦場にいるが、久しぶりの休暇に買出しを頼まれ、今に至る。地球に来るにも、いろいろな仲間を失ったことを思い返した。 これまでに歩んできた行程は、けして幸せなものじゃない。むしろ悲しいことが多かった。家族を亡くし、自分だけが生き残って平和を噛み締めている。父は、母は、妹は。怒っているだろうか。 どんなに人の命を守ろうとしても、手を伸ばすだけでいつも終わる。手を伸ばしていたら、いつも消える。そのときは悲しくても、いつかはその記憶も薄れようとする。それは「仲間」に限ってなのか。せめて、滲まずに残ればいいのに。 桜を人に例える人は多いのは、それだけ人の命が儚いということなのだろう。 「桜、かぁ。残念だった?」 ルナと呼ばれる女は、微笑を浮かべながら尋ねる。それに対し、 「そう、かも」 曖昧な返事を返す。 桜と言う花自体は好きだった。あまり花などに関心は持たなかったが、一般常識としての桜は知っていたし、オーブにいた頃はよく見かけていた。残念、と言ってしまえばそれだけなのだろうけども。薄紅色の花弁、雄雄しくその場に深く佇むその姿。ああ、そういえば、幾度か今は亡き家族ともその花について話した覚えが浮上する。 ああ、人の命は桜のようだ。それだけは、実感できる。 「でもさ」 ルナは曖昧な返事に、笑みを含ませて、言った。 「しばらくするとツツジもあるし、雨が降ったら、紫陽花も咲くしね。 花は、桜だけじゃないもの」 これから来る新しい季節に期待と喜びを表すように、ルナはシンに微笑みかけた。その言葉にシンは目を大きく丸くした後、声を少しだけ漏らして、笑う。 そういわれると、こんな考えを持っていた自分が、馬鹿らしく思えるじゃないか。 少なくとも、傍にいる彼女は新しい季節を喜んでいるように見える。 「ルナらしいよな、そういう考え」 「楽観的だっていうの?」 笑い出した相手を気に食わない様子で、ルナは目を細める。が、すぐに普段の顔に戻って、歩幅を大きくして、足早に進んだ。何があったのか。状況がつかみきれていないシンは、不思議そうにするが、相手の歩く早さに自分のを造作もなく合わす。 「もうこれで最後だし、早く帰ってゆっくり休みましょ」 人差し指を立てて、母親が子供に言い聞かせるように言う。本人は姉のつもりだろうが、シンの方はその行動に呆れた顔をしながらも、心の中では可笑しく思った。 歳など、一つしか違わないのに、と。 「それ、賛成」 ここで笑ってしまうと、また彼女はへそを曲げるのは知っていた。とりあえず笑いは胸の中に収めて、微笑みかけてくれた彼女に、シンは微笑み返す。するとルナは思いついた顔をする。悪戯でも思いついた子供のように、言った。 「帰りに、寄り道しようか」 子供のような屈託の無い笑顔で。 あと少ししたら紫陽花が咲くのだろう。彼女の言う、ツツジも咲いて、きっと春にも負けないほどのいろいろな花が、誇らしげにその綺麗に色づいた花弁を揺らす。そのときも、隣で微笑む彼女と、仲間と、一緒に笑いながら歩くことができたらいい。 とてもじゃないけど、敵わないな。と思う。彼女には。 |