「あれ?アトリちゃんって、結構いい装備してるよね…どこのダンジョンでとったの?」
 その言葉に、顔が引きつった人物が約一名。


 カナードの@HOME内。世間では祝日に当たるこの日に、溜まり気味だったクエストをやっとの思いで終えたシラバスとアトリ、ハセヲが帰ってきていた。店番のガスパーも今日だけは少し早めに店を切り上げて来るらしい、暫くすればまさにメンバー全員集合といった感じだろう。そんな最中発せられた先ほどのシラバスの言葉に、アトリはにっこりと邪気の無い笑みを浮かべる。これから彼女の言う言葉が嫌になるほど簡単に予想できてしまったハセヲは、その後ろでリアルでも冷や汗を流しながら練成工房に行こうとしてた。今更『言うな』と言ったら確実に怪しまれるだろうし、何より予想される言葉以上に変な誤解でもされたら、たまったもんじゃない。とりあえず後でシラバスに釘を刺しとけば何とかなるだろう。

 「あ、これはハセヲさんから頂いたんです!だから私が取ったわけじゃないんですよ」

 少し高めの、嬉々とした少女の声が@HOME内で響く。アトリの放った言葉の後、その他のメンバーの間で沈黙が続いた。空間が一瞬にして凍結されたような静けさ。まさに今、彼女の言う“ハセヲさん”はいろんな意味で非常に危ない位置に立たされているかもしれない。当の本人は自分に迫る危機を直感し、ゆっくりと素知らぬふりで奥に引っ込もうとした。だがその瞬間、再び会話が始まってしまう。もしかして自分の間の悪さはメンバー随一かもしれない、ふとそんな考えがハセヲの脳裏によぎった。練成工房までの道のりが長いような気がする。ここまでくると、奥に隠れるのも格好が悪いような気がした。盗み聞きはよくないことかもしれないが、少しくらいはいいだろう。頭の中で自己完結させ、壁に背をつけてその場に座り込んだ。少し先ではアトリとシラバスの二人が話している。一方は楽しそうに、もう一方は開き直った様子で。

 「へぇ、そうなんだ。アトリちゃんの装備は今のところで一番いいやつだよね。
僕なんか10ぐらい下のレベルの武器使ってるよ」

 嫌味などを感じさせない、人のよさそうな口調でシラバスが言う。アトリはそれを聞き笑みを浮かべた。

 「あ、それじゃあ今度ダンジョン行くとき私シラバスさんの探して見ますよ」
 「ありがとう!…あ、でも呪療士だけじゃ無理じゃ…?」
 「はい、だからハセヲさんと行くときに探します!」
 「あ、そうなんだ…」

 ふと、シラバスは首をかしげる。まだ知り合ってそこまで年月は経ていないが、自分が知りえる程度のハセヲの性格からして、呪療士(というか彼女)をそこまで重宝するだろうか。失礼かもしれないが仲間の装備には頓着しなさそうな印象がある。まだパーティを組んでいる状態なのでステータスを確認してみると、ハセヲの武器が彼女の武器よりレベルが劣っていることに気がついた。

 (僕なんかアリーナで最初の対戦前ぐらいしか武器貰ったこと無いのになぁ…)
 加えてカスタマイズまでされているアトリの装備。てっきりハセヲはアトリのことをあまり好いていないのかと思っていたシラバスにとって、その発見は自身の乾いた笑みと、ある疑問しか生み出さなかった。

コントローラーを手放したのか、それとも急用か。静止したまま微動だにしないシラバス。先ほどまで話していた彼に何かあったのだろうか、とアトリが顔を覗き込んでみた。どうやら本当に固まっているらしい。恐る恐る「シ、シラバスさん?シラバスさーん」と遠慮がちに呼びかけてみる。するとその声に気がついたのか、少ししてシラバスのPCが動いた。

 「あ、ごめんね。…アトリちゃんさ、ハセヲからメールとか来る?」
 「え?あ…はい。来ますけど?グリーティングカードとか…」
 「…へぇ、そうなんだ。やっぱりアトリちゃんって…―――――」

 「おい」

シラバスが言葉を続けようとした矢先、生憎それは背後から聞こえる声によってかき消された。聞きなれた声に驚き、言葉を続けることができないまま怖ず怖ず振り返ってみると、そこには見るからに怒りを抑えている(というか顔を引きつらせている)カナードのギルドマスターことハセヲが腕を組んで立っていた。その様子は今にもフィールドに出るとPKされそうなほどの怒りよう(いや彼はもともとPKKだからそれは無いかもしれないが)。もしかして一番踏んではならない地雷を踏んでしまったのかもしれないと、シラバスは心の中で確信めいたものを感じた。

「あ、ハセヲさん!どうしたんですか?」

険阻な雰囲気の彼に気づいてないのか、それとも無視しているのか。アトリは何気も無く彼に声をかけた。

「別に。練成工房に行ってきただけだ。おい、シラバス!お前…」
ハセヲが言いかけた瞬間、遮るようにアトリの声が響く。
「さっきまでハセヲさんのこと話してたんですよー」
「言われなくても、そんなのは知ってる!」

そう彼女にいつもの刺々しい言葉を返すと、ハセヲはチャットモードに切り替えた。本気で危ないかもしれない。と危機感を募らせていたシラバスも、しぶしぶそれに応じる。ここまでくれば、もう何を聞いても結果は同じだろうと思い、ほとんど捨て身の疑問をとりあえずぶつけてみることにした。

(変な誤解するなよ、シラバス。あれは別に余ったからやっただけだからな!)
(へぇ…そうなんだ。メールは?グリーティングカード送ってるって聞いたけど…)
(くそっ、アトリのやつ…あれは、たまたま溜まってたのが目に付いて送っただけだ!!
つか関係ないだろ、お前にはっ)

捨て台詞のようなものを吐いてプツン、とチャットモードを切ったハセヲはアトリの方に向き直る。「お前も余計なこと言うんじゃねぇよ!!」と声を荒げるハセヲに対し、「すっすみません…でも、余計なことって何ですか?」とアトリが尋ねると、案の定ハセヲは黙り込んでしまっていた。当然のことながらチャットモードで交わされた自分たちの会話を知らない彼女にとっては“余計なこと”の内容を知ることはできなかったはずだ。そのことを言ってしまった後に理解したハセヲは、流れる沈黙に対する気まずさ故か、再びアトリに突っ掛かった。少ししてまた日常茶飯事の二人のやり取りが再開されるのを、遠くからシラバスが見つめている。

(突き放してるようで、意外なとこで大切にされてるんだよね…アトリちゃんって)

所々に棘のある発言を彼女に放つハセヲや、敵に襲われていれば真っ先に当の彼に助けられている彼女の姿を思い浮かべつつ、(ガスパー、いつ帰ってくるんだろう…)と少しだけ現実逃避した。心の隅ではハセヲがアトリと言い合いしている内に自分の言葉を忘れてくれることを仄かに期待しつつ、心の中でそっと彼女にエールを送る。













暫く続くであろう日常茶飯事をとめるタイミングは、当分先のようだ。



  Holiday (英):休日・祝日