足元から常闇に落ちるように、覚束ない足取りで歩むように。




 「はい、コレ」
 持っていたボトルをシンに手渡すと、微かに笑みを浮かべ「ありがとう」、と軽い謝辞を述べるとシンはそれを受け取った。ふと窓の外にある宇宙を眺めた。プラントから始めて宇宙へ出たときもそうだったが、この果て無き空間に自分の住んでいた世界が存在しているのかと思うと、子供の頃はどこか現離れしたことだと思っていた。やはりこうしていても思考にちらつくのは議長の言っていた「デスティニー・プラン」のことや、先程レイが言っていた言葉だろう。思えば始めて宇宙を見ていたとき、メイリンが宇宙をじっ、と見つめながら「少し怖いね」といって苦笑交じりに言ったことを思い出す。死んだと思っていた、メイリンが生きているかもしれない可能性。生きているのだとしたら、おそらくはあの艦----アークエンジェルにいるかもしれない。自分の敵である、あの艦に。なぜこんなことになったのだろう、メイリンがアークエンジェルに行かねばならなかったのは。原因の一つとしてはあのアスラン・ザラのことがあるだろう、きっと。胸が凝るような深い憤りと、怒りを覚えながら手に持っているボトルをより強く握り締める。
 ふと横を見ると、眉間に皺をよせ考えこんでいるシンの姿があった。先程、自分も暫くいろいろ考えていたが、彼よりかは思い悩んだ顔はしていなかったかもしれない。数拍か間をおいて、彼は口を開いた。


 「・・・レイって・・さ」
 「え?」
 「あ、いや・・・・・・なんでもない、ごめん」
 数時間前にレイから話された、クローンの話をつい口に出そうとしてしまったと自分を叱咤する。おそらくは誰にも言ってはいけないことなのだと、自身の内にしまっておかねばならないような気がしたからだろう。誰にも言うな、とは言われなかったが。結果、他言してはいけないのだと結論付ける。
 「なに?シンったら」とからかう様な口調で微笑む彼女の横で、静かに視線を窓の外へ向ける。
飲み込まれてしまいそうな宇宙の闇を前に、不思議と孤独感を覚えないのは隣に彼女---ルナマリア・ホークがいるせいだろう。彼女は先ほど自室にて受けた処遇への不満を漏らすも、その処遇を与えたレイに関してはあまり口を出さなかった。そのおかげなのかもしれない。あまり今は考えたくなかった。レイから言われたことを頭の中で整理するには、しばらくの時間と整理に掛かる前の時間が何よりも欲しかったからだろう。この時間は現実からの逃避、と言うのかもしれないが仕方の無いことだ。誰だって、きっそうする。

「次の戦闘、アークエンジェルと戦うのよね・・・・・」
「え、あ・・・・・うん・・・多分」

唐突に放たれた彼女の言葉の意味を解す前に、反射的に応える。次の戦闘ではアークエンジェルが出て来るかもしれない事は薄々感づいていた。アルザッヘルが討たれたのだ、あのルナマリアが壊したはずのレクイエムで。そうなると、またこのミネルバと戦闘する可能性は十分ある。そうなると、アスランが乗っていたあの機体と、ステラを殺したフリーダム、そして生きているかもしれないルナマリアの妹---メイリンが戦場に現れるのだろう。「敵」となって、自分の前に。

「でも」
半拍おいて呟かれたシンの言葉に、ルナマリアはシンを凝視した。その言葉の先が何なのか、ということが気になったからだ。

「俺が、守るから・・・・ルナのこと」
「・・・・シン・・・・・・・」

俯いていた視線を、こちらを見ていたらしい彼女の視線に合わせて暫く見つめあった状態を保っていると、ルナマリアがふと笑みを零した。「どこかのヒーローみたいね」と冗談交じりに微笑み、そう言うと軽く床を蹴りゆっくりと此方へ近づく。いきなりどうしたのか。彼女がこの行動に及ぶまで何かあったのかと頭の中で是までの事柄を羅列させるが適当なものが思いつかない。考えている間に彼女との間は以前より近くなっていた。驚きのあまり瞠目するが、一方の彼女の顔は変わらず微笑を浮かべている。

「心配しなくても大丈夫よ、私だって負けないわ」

汚れた海の上で月の光が浮かぶように、優しい声音で、包み込むように言葉を紡ぐルナマリア。深く息をついて瞼を閉じ、再び眸を開ける。目の前で微笑む彼女を見て、少し強張っていた顔が緩み自分もいつのまにか微笑んでいた。それに気づいたのはルナマリア「笑わないで」と言ってむっと口を尖らしていたからだ。その様子が可笑しくなって、ふとまた笑みを零す。
暫くの間会話を交わしていると、喉の渇きを覚えてストローに口をつける。

「・・・・ごほ、ごほっ」

旧知の仲の彼女のことだから、渡してくるのはいつも通り炭酸類かコーヒーかと思っていたが、どれも違っていた。中身は予想の範疇を大きく超えた、というよりも大きく外れた「ココア」だった。あまり甘いものを飲んでいないせいかいやにココアの甘味が舌に残る。思わずむせてしまい、重力の少ないこの空間で水滴が外に出るのを恐れて口を押さえる。むせ返りが収まると、すぐさま抗議の声を上げにルナマリアのほうを向く。

「これ何だよ、ルナ!」
「え、もしかしてココアだった?ごめん、それ私の」

これがシンのと、さも当然の如く悪気の片鱗すら見せない様子でこちらに違うボトルを渡してくる。それが彼女の口を付けたものだと知っていたため、受け取るのを拒んだ。本当は飲み物を変えたかったが、急に沸いてきた気恥ずかしさがそれを阻む。そうでなくとも間接的なものを気にして、受け取らなかったと思うが。
他愛も無い会話に温もりと、僅かな幸せを覚える。冷たく、凍てついた宇宙に孤独と静寂を感じることを感じることはもう無かった。


――シン・アスカ、レイ・ザ・バレル・・・至急ブリッジへ・・・・・


スピーカーから流れ込む言葉。この空間と時間に名残惜しさを感じながらこれからブリッジにいくことをルナマリアに伝え、踵を返し目的の場所へ向かった。すると少しの距離をおいたときに背中のほうから自分の名を呼ぶ声が響く。咄嗟に振り返るとルナマリアが軽く手を振っているのに気づき、それに応えた。
 途中、自分の手のひらを見詰めた。意気込むようにそれを拳にかえて顔を引き締める。僅かな間に得たものに尊さを覚えながら。
 




















その後聞かされる、メサイアへ向えとの命令。それに、大きな困惑を覚えた。


Himmel (独):空

+あとがき+
ようやく48話・・・・(汗)最終話まで捏造してきて、いよいよあと2話ということに。
これ書くまでに何度か48話見直したんですが、あまり本編と関係ない話になったような気が(ォィ)
See-Sawの「君がいた物語」聞きながらやってました(たまたま手に入ったので)
38話あたりのマイ・シンルナソングです(愛・・・!/笑)
なんだかこの前の「わけわかんないよ」とか押し問答してたシンルナが一転して、
もう和解しあったような感じに。会話があると期待してたんですが(本音)どうやらそこまで時間は
もらえなかったようです(あと2話なので)(・・・・・前の捏造で「また話できる?」みたいに終わらせちゃったよ・・・!(汗))あやしいロボットボイスや子供にも優しいデスティニープラン紹介in紙芝居(?)など。
こんなの見せられたら軍人ですら混乱するかと思えば案外あっさりしてるな、と。

ところで、最終巻で40分追加があるって本当なんでしょうか?(今聞きました)