ただ、どうしようもなく悲しかっただけだ、
 彼の背中も、この世界の行く道も。






 「いや、俺が行く」
 怒りを押し殺すように吐き出されたその言葉を私達に置いていくと、彼は扉を閉じた。その瞬間にどうしようもない焦燥に駆られる。理由など解かるはずも無く、ドッグに降りるボタンを躊躇せず押す。
 レイは、何も言わなかった。視線すらこちらに向けてくれないことに、逆に感謝したくなる。白々しいような視線を受けても困るだけだ。そして、さっさとエレベーターに乗り込み、扉を閉める。その間の僅かな時にも焦りを感じた。
 扉が開くと同時に身体を滑り込ませてドッグに入る。案の定、彼はこれから乗り込もうとする前で、後姿を見つけた途端に手首を掴んで引っ張った。

 「何だよ、ルナっ!」

 その抗議の声を聞かず、ただ振り払われないように、強く手首を握り締めながら、エレベーターの中に入る。上がるわけでもなく、ただ二人で話せる空間が欲しかった。ドッグでは、自分とこのシン・アスカが共に居ることに疑問を抱く者がいることを感じていたからだ。手首を離して、呼び出しボタンの前に立つ。
 入り込んだこの空間には、無機質な機械に囲まれた死の如き静寂すら覚えた。ドッグの薄暗さとは違う、蛍光灯から降り注がれる明るみに、改めて見直した彼の顔に、僅かな苦しみを感じたのは私だけだろうか。

 「・・・・・・俺、もう行くから・・・・・・ルナは待ってろよ」
 この状況に耐え切れないのか。振り絞るように出されたその言葉が弱弱しく感じる。これから私が言おうとする言葉を、彼が聞いたらどんな顔をするだろうか。
 今回はオーブとの戦いだ。無論、彼の故郷であり家族の眠る場所であることを知っていた。だからこそ、彼を呼び止めた。
 討つべき相手は、彼にとって幸せな日々と殺された家族の墓標の在り処であるオーブ。憎むべき所といえども、それを討とうとすることがどれほど苦しいのか、私には分からない。それでも、彼を行かせてはいけない事は分かった。

 「逆よ」

 はっきりとした声でそう言いきると、彼は目を見開いて驚いた視線を此方に向ける。それを気にとめずに言葉を続けた。

「私が行く。デスティニーが出るほどの戦闘じゃないわ、インパルスで十分よ」

 淡々と言い切ったのは、余計な感情を含ませたように思って欲しくなかったからだ。実際、いくら押し返しているといえども、この戦闘の目的が果たされるのは時間の問題だ。だったら、余計にエースパイロットが出る幕ではない。私で十分なはずだ。確かにレイやシンには劣るが。

「・・っ、駄目だ!俺が・・・・俺が行かないと・・・・っ」
声を張り上げて言うシンは、壁を音を立てて叩いた。遣り場のない憤りに、これから討とうとする相手への怒りに、耐え切れない思いをぶつけるようだ。
私自身、その彼を見ていられずにそっと頭を撫ぜる。まるで子どもでもあやすような動作だと思ったが、これが今自分に出来る行動の一つだとも思った。



「もっと、年上を頼りなさい。わたしだって“赤”なのよ?」

やはり彼女が、一番手ごわい。


 レイを押しのけ、ミネルバに出撃することを納得させたとしても、彼女は自分を呼び止める。
 優しく微笑む彼女に、シンはオーブに対する怒りに満ちた思考回路の中、刹那、「守る」と言った自分の声が頭の中で反芻するのを感じた。
 そうだ、彼女を守らねばならない、と。
 フェイスといえど、もう一人連れて行くわけにはいけないのはわかっていた。一人で行くしかない、彼女が行ってしまっては、どうなる。彼女一人で戦いに赴いて、必ず帰ってくる保障でもあるのか。自分は共に戦場へ行けなかったら、それはつまり守ることができないことにも繋がる。

 よりにもよって、再びオーブに大切な人を殺されるかもしれないなんて。
 そんなことはさせない。いや、させてたまるものか。

 当然のように、オーブ国民にも憎まれるだろう。かつて自分が、憎んだように。それだったら、今彼女が行く必要性などどこにもない。憎まれ役も、守る役目も、自分が行けば全てこなすことのできることだ。
奪われた家族との思い出と、守れなかった人たちの記憶を携えて。
「俺が、出る。ルナ・・・・・だから・・・・っ」

 君は、でなくてもいい。

 その言葉が呟かれるのを、ルナマリアは感じ取った。
 ザフトの「ロード・ジブリールを捕らえる」願いは叶ったとしても、それまでに焼かれたオーブを見て、きっと彼は悲しむ。だったら、私が行った方がいい。
 私は、多くの人に必要とされる君を癒すことは出来なくとも、メイリンがいなくなってしまったあの時に、支えてくれた君を守ることはできるはずだ。

「大丈夫よ。私が行くから、そう、艦長に伝えて」
 それだけ言い残して、出撃しようとシンから手を離した瞬間。それを皮切れに、視界の一部が漆黒の髪で埋まるのが見えた。抱き締められている、というよりも、その場に留めるための術のようだ
 ただ彼は、何も言わない。ひたすら黙然とその状態を保っていた。
 再び、静寂の中へと棄却される。唯一、彼から与えられる温もりと、僅かに響く呼吸の音が、寂しいほど静かなこの場所と外とを関連させる要因だと思った。



 優しさと、そしてまた自分とは反対の思いをもつ彼女に、自分は今何をしているのか。この空間は外部の音から遮断された一種の聖域が、衝動に任せたこの行為を咎めている気がする。腕の中の彼女は俯いて、震えているんじゃないかという思考すら過ぎった。マユや、父さんや母さんも、ステラすら守れなかった自分が再び守ろうとしたルナマリア。その彼女が今、自分の代わりに戦おうとしている。それだけは、どうしても避けたかった。
 ポタリ、と一滴の涙が零れ、頬を伝い床に落ちた。そのことを彼女に悟られぬよう、よりきつく抱き締める。涙が伝った透明な跡が乾くまで、嫌に長く感じた。
 

「・・・・・・・・ありがとう、ルナ。」


 彼女に伝わっているかは分からなかった。
 ようやく涙が乾いてくれて、それを区切れに彼女の方を放した。
 扉を開け、ドッグへと進む足を向ける。
 当然彼女は意表を突かれたように驚き、また自らもドッグへ行こうとする。
 その彼女をエレベーターから出る前に軽く中へ押しやる。そして扉を閉じ、上へ向かうボタンを押した。その鉄の塊は、上へ行く指示をすぐさま読み取ると彼女を乗せたまま動いていく。







 音も無く閉じた扉がとても冷たく感じる。手のひらから伝わる扉の温度が胸を締め付けるようだった。

 「あいつ・・・・っ」

 苦しさを紛らすかのように言葉が零れ落ちる。
 彼の涙は乾いただろうかと、どうしようもないことが脳裏を掠めた。それが今度、私が一滴の涙を流していた。
 いつの間に流れていたのか、なぜ気づかなかったのか。
 そんなことよりも、行ってしまった彼の背中が瞼の裏に鮮明に映る。悲しさを帯びたような、決意も込めたその背中を、引きとめようとしたのに。
 開かずにいるエレベーターの扉。きっとブリーフィングルームには別の誰かが居るだろう。この涙が乾くまで、ここにいるしかない。
 


























 音を立てずに閉じた扉が、彼との境界のように思えて仕方が無かった。

Heimatstadt (独):故郷




+あとがき+

別に泣かせるのが好きなわけじゃないんです(何)

自分的のシンルナ神話(謎)は37話なので・・・!
とりあえずシンはルナマリアに涙を見せたくなくて(男の子/謎)抱き締めた、と(勝手な解釈)
16歳で自分の弱みとか女の子に見せたくない年頃ですから、うん(何)
抱き締める動作がもろにツボです(ォィ)
ここではシンはルナマリアを守ろうとし、またルナマリアはシンを苦しませたくない。
それゆえにできるすれ違いとか、相手の行動への憤りなど。
というのを想像して書いてました。
2人を見ていると、「あぁ16(17)歳なんだなぁ」と感じます。
なんというか、青春だな、と(笑)
ルナマリアは「誰がメイリンを殺したか」ではなく、「何がメイリンを殺したか」を考えたかと。
それが「ロゴス」であり、故に「手を下したシン」は憎んでないと思います。
シンも「家族を殺したMS」より、「この戦闘の原因を作ったオーブ」を憎むところに、
共通点があるんじゃないかなぁ・・・・

長くなりましたんで、これで終わります。