それは余りにも唐突で、理解の範疇を超えた感覚だった。
 


 夕暮れがアカデミーを紅く染める。人工的に模されたその光はとてもリアルだ、スクリーンに映る空もそれらと同じく。強い西日が窓から差し込まれる今日、天気予報は晴れを告げていた。
 アカデミーには慣れてきたが、どうにもここ試験は今でも難しく感じる。理論より実践向きなのは自分自身でも知っていけれど、それでもオーブにいた頃は割りと良い成績だった。此処に来た当初に感じたその差には驚いたものだ(と言ってもMSなどの専門知識だから仕方が無いかもしれないけれど)。
そんな中、当の試験はもう一週間前まで近づいていた。今日この部屋に来たのは、頼みの綱であるレイのノートを借りに現在の所持者のもとへと考えたわけなのだが。

「寝てるし、起きないし。どうしろっていうんだよ・・・!」
それでも声が小声になるのは、心の何処かに良心があるからか。

 部屋に来て見ればノートを借りていった張本人は惰眠を貪っている真っ最中だった。彼女の授業が白兵戦の訓練だった所為か、何度も肩を揺さぶってみたが起きる気配は一向に感じられない。諦めて起きるのを待つ間に手近にあったテキストを暇つぶしに捲ったり、無意識だが居眠りしたりもした。来たときは青かった空も、そうこうしている間に夕方の赤い空になってしまったというわけだ。それでも彼女は、未だ深い眠りに沈んでいる。彼女の机の上にあのノートが無ければ自分にはどうしようもない。人の部屋を粗捜しするほど親しいわけでも神経が図太い訳でもないし、もしそれが本人に分かったらただじゃすまないだろう。

「おーい、起きろー」
半分諦めた心持で呼びかけたが、相手は望み通りの反応をしてくれるはずなどない。いつも元気な彼女の姿を見ているせいか、こんな疲れきって寝入る様子を見ていると珍しいと思う。このパイロットコースにとっては珍しく、性別が女性である彼女はそこら辺の男よりも能力が高い。それ故に妬みや嫉妬を買うこともあるらしい。だがその反面、好意を買っていることもあるとか。ヨウランたちから聞いただけの単なる噂だが、それを聞いた時「アカデミーも平和だな」と零した。
デジタル時計が五時五十五分を示す。画面の脇にはアラーム設定の絵文字も表示されている。それらを一瞥して、深く溜息をつく、“このままでは夕食時だ、こんなことなら面倒くさがらず部屋に戻っていればよかった”と。口に出すも目の前の少女には伝わらず、一向にすやすやと心地良さそうに寝息を立てている。椅子から立ち上がって「いい加減起きろよ」と声をかけるが応えなどあるはずがない。何度も打ち砕かれた胸の底の期待を抱くのも、いい加減疲れてきた。
 「年上なんて言えないだろ、こんなんじゃ」と呟く。
 衝撃でも与えれば起きるだろうかと思いついて顔を覗く。よくよく思えば、ルナマリアの顔をしっかりと見るのは初めてかもしれない。コーディネーターの中でも容貌は整っているようで、噂の渦中に入り込むこともしばしばある。今見れば、その事実も頷けるような気がした。今は閉じられているが、その蒼い双眸は大きく、肌も白い。性格を多少甘んじれば、人気があるのも頷ける話かも知れない。

 (うわ、なんか・・・・)

 ふと「・・・・・かわいいな」、なんて呟きそうになった瞬間、ルナマリアが小さく唸った。突然の声に驚いて、勢いよく後ずさりする。まさか寝顔を覗き見してしまったことが知られたかと心臓を早鐘を打つようだった。少し間を置くと寝言を言っただけらしく、それを理解すると安堵の息を漏らした。
 「なんだよ・・・・紛らわしいな」
 そろそろ帰ろう、と思って彼女の眠るベッドに背を向け扉に足先を向けた。結局ノートを渡されなかったと嘆き気味に呟いて視線を落とした。すると、背後から声が聞えた。その部屋の静けさが、その声量をより増幅させる。


 「・・・・シン・・・・」


 透き通るその声に、振り返れば彼女の唇が確かにその言葉を紡いでいた。確認するまでも無い、それは自分の名前だ。

 「へ?」

唐突に発せられた音に、思わず間の抜けた声を零した。その瞬間、早鐘を打つようなリズムで血液が激しく循環する。顔は火を噴き出てしまいそうになるほど熱く、頭の中は整理がつかずただその場に立ち尽くした。反射的に再び彼女に背を向けて、口元を押さえた。単に寝言で名前を呼ばれただけだ、と自分に言い聞かせるが脳裏に浮かぶのは先ほど自分が零しそうになった言葉が。なんであんな事を思ってしまったのか、自分でも理解できなかった。相手は友人だというのに何を考えているのだろうか、一体。
ぐるぐると考えていたその時、背後で机の上にあったアラームがけたたましい音を鳴り響かせた。それを皮切りにその部屋から飛び出した。

 (ていうか、何で走ってるんだよ俺は!)

 心の中でそう思いながらも、奥底では「こんなに顔を赤くしたところを見られたくない」という理由が存在する事に気付いていた。一直線に自室に向かえば相方は何処か別の場所に出かけていて部屋は水を打ったかのように静かだった。独特な音を立てて閉められた扉に背をもたれる。髪をかき上げて息を整える、「はぁ・・・」と息を漏らし視線を落とすが、顔の熱量は一向に下がらない。頭の中で巡るのは、先程の出来事が。
 「ああもう、何なんだよ一体・・・・っ!」































 この感情の名前すら知らない。この部屋を出れるのは一体いつなのか。


Fieber(独):熱


+あとがき+
゛恋しちゃった〜♪゛なんて歌、昔ありませんでしたか?(いきなり)
シンはルナに恋をしたとしてもテレビ中盤までは無自覚でいいと思ってたり。
脈拍が上がっても「風邪かもな」で済ましてくれればいいと思うよ・・・!
この間のスペエディでシンルナ熱が再上昇しました。
やっぱり、テレビの力は大きいなあ、と。
雑誌とかで「二人戦後プラントへ」的な事がかかれているんですが・・・
あれ?どうしようか(どーん)
オーブ設定で今まで書いてきちゃいましたが・・・どーしよ、本当に