「嘘だろ・・・・」


 信じたくない事実を否定するに、その言葉はあまりにも足りなかった。
反転した視界が今この状態が真実なのだと証明するには十分で、目の前で呆れた顔をしながら心配そうにこちらへ寄ってくる彼女の姿が拍車をかける。

 MSに乗るには操縦技術だけでなく白兵戦を予想したことも当然、訓練の一環として入っている。それにあまり不満を言うことは無かった。理論は自分にはあまり好ましくなかったし、成績を取るのならば実技のほうが自分にとって取りやすかったからだ。そういう自負もあるせいか、それなりの成果はあげていた。
その自分が、だ。

「大丈夫?シン。」

 目の前に映るのは心配そうな同僚―――ルナマリア・ホークの顔。この訓練の中で、自分の相手をした少女だ。差別意識はなかったが、「女だから」と少し気後れはしていてもやはりこの少女に負けたという事実には変わりない。このまま現実逃避でもしたい気分になったが、それはとても性に合わない。呻くように「・・・・あー・・・」とだけ、言葉を吐き出す。人一人を倒す彼女の実力を驚くこともさることながら、今一番込み上げるのは自身の無力さを悔いる感情だ。






 プラントの空が、夕焼けに染まるのが見える。
 茜色の空に千切れた雲が流れている光景は、まるで本物の空を見ているようだった。オーブから来た時には本当に驚いたが、慣れてみると地球にいる頃と然程環境の変容は感じなかった。それを模造物と思うことも無く、今ここに居る場所に、自分は住んでいるのだという認識ぐらいしかない。
 あの訓練の後、規定の時間通り夕食の時間が来た。無論アカデミーの生徒はほとんどそちらに向かい、アカデミー内の一部を囲むこの金網が張られた場所も、今や人の影というものは無いに等しかった。飲みきってしまい、ほとんど空に等しい缶コーヒーを片手に金網に背を凭れてコンクリートの地面に座る自分の姿を誰がどう思うかは知らないが、ともあれ異国の空を茫然と眺めていることは真実だろう。
 すると突然、首筋に冷たいものが当たるのを感じた。驚いて振り向くと、そこにはあの自分を負かしたルナマリア・ホークが仁王立ちになってこちらを見つめている。

 「なんだよ、ルナ」

 先ほどの試合を思い出して、つい視線を外すと、直後得体の知れない何かが頭を軽く殴打した。一体何なんだ、と声を出して再び視線を彼女に移すと、自分の片手に握られていた空の缶コーヒーと同種の、買い立てたそれが額に当たる。

 「ほら、私に負けたからって拗ねないでよ」
 「・・・・拗ねてなんか無いだろ」

 短く言い返すと、「それが拗ねてるっていうのよ」と呆れた口調で言い返された。その言葉に多少の憤りを感じて睨みつけるも、事も無げにルナマリアは自分のすぐ横に座った。
 「何の用だよ、一体」
 額に当てられた缶を受けとり封を開ける。ルナマリアの片手にはビニール袋が握られていた。その中からもう一本のコーヒーを取り出した。封を開け、コーヒーを口に含み終わると同時に口を開く。ため息を零す姿といい、先ほどの言い様といい、一体何がしたくてここに来たのだろう。彼女の行動は時折、突発的で理解できない節が在る。その仲間になってからはそれも日常茶飯事と思う自分も自分なのだが。

 どうせシンのことだから、食堂には来ないと思ったのよ。と言うと袋からクロワッサンを取り出した。無言のままそれを受け取ろうとすると、ギロリとこちらを睨んできて途中まで自分の手の中にあったパンを引っ手繰って「お礼ぐらい言いなさい」と、あたかも母親のように叱咤した。その言葉に気遣い、ありがとうとだけ感謝の辞を述べると、途端に笑みを浮かべて快く差し出す。よくこんなに表情を変えられるものだと呆れ半分、ある種の尊敬の念を払いつつ、そのパンを受け取った。

 「大体、私に負けたぐらいで落ちこまないでよ。
  私より強い人なんて沢山いるんだから」

 ぐさり、と刺されるように鋭い声があった。確かにルナマリアが上位にいようとも、彼女が一番ではない。上に数人はいることぐらい知っていた。だがこうして言われてみると皆の集まる食堂から離れた場所にいる自分が、例えるなら器の小さい人間に思えてきた。今回ばかりは、彼女の物怖じしない口調にそっと感謝する。

 「知ってるさ、そんぐらい。」
 「そんなこと言うんなら、私を吃驚させるぐらいの成績取りなさいよ」

 眉を寄せて少々怒った語勢にいわれると、こちらとしても多少の憤慨は感じざる負えない。いきなり来て、挑発的なことまで言われて黙ってられるか、と勢いよく立ち上がった。自分の行動に双眸を丸くしてこちらを見つめる彼女に、拳を固めて言い放つ。
 「言ったな・・・・待ってろよ、一番になってやる!」
 あたりに憚らす声を張り上げた。言い放った言葉に、ルナマリアは微笑む。すると、勢いよく立ち上がったと思えば自分の髪をくしゃくしゃと掻き乱す様に荒く撫でた。反抗の声を上げるも軽くあしらわれてしまう。顔が怒りなのか、それとも気恥ずかしさなのか分からないまま熱を帯びていった。

 「な、何なんだよ?!」
 「よしよし、よく言ったわ。シン!」

 どうやらルナマリアは自分の言い分などまるで聞く様子もないようだ。突然の行動に驚きを隠せず、動揺を感じさせる反論の声も、意を解される事もなく虚空に消えていった。































 この後、二人で一緒に食堂を訪れる姿が見かけられたとか。






Croissant (独):クロワッサン



+あとがき+
・・・・2時間程度(勢いの余り)で書いてしまったものをアップするってどうなんだろう(苦笑)
ともあれ、姉御なルナマリアが大好きです。
シンを投げ飛ばしたこととか、気にして励ましてたりとかしてそうだな、と。
思えばステラを連合のヘルメットおじさん(ロアノーク氏)に渡す時とか
医務室の女の人を程よく(?)気絶させるほどの腕の持ち主らしいシンですが、

アカデミーではルナと競ってたりしてたら楽しいなあと思いつつ(別世界)