おそらくは、これが幸せと言うものなのだろう。
 




天候は晴れとのこと。
気候の変わりやすい地球に下りて幾月経っただろうか、昨日の大雨から一転する今日の天気と言い、段々それにも慣れてきた。最近は特に戦闘もなく穏やかに日々を過ごしている。違うと言えば、あの少女がこの艦に来たぐらいなものだろう。

「ステラ!朝食一緒に食べる?」
ステラ、と呼ばれる少女の部屋に堂々と入ると、まだベッドの上で眠たげに目を擦りながら彼女は上半身だけを起こしていた。私の呼びかけに頷くと、洗面所に行って顔を洗っている、私は周辺をうろつきながら考えていた。

彼女の様態は近頃良くなってきたようだ。一緒に歩くこともできるし、何より楽しく会話できることが嬉しかった。最近知り合ってからどうやら私に馴染んでくれたようで、食堂行ったりするのも共にしている。そこでは流石に地球軍の制服を着るわけに行かないので、予備の服などを貸していたりしていた。
どうやら着替えも、洗顔も終えた彼女はいそいそと私と手を繋ぐ。可愛いな、と内心微笑み、次の目的地へと目指した。シンも、ステラも起こしたことだし、さて今度は食堂だ。




よもやルナマリアから朝早く起こされるとは、と心中複雑な思いを抱えながらシンはトレーを取る。通常どおりサラダやライスなど取っていくと、視界の隅でルナマリアが一定の場所に長い間立ち止まっているのが見える。自分の他にもルナマリアを見ているものが居るのに気づいた。
おそらくは、ルナマリアではなくステラを見ていると思う。
何せ捕虜がこんな所に来ているのだと驚いている者だろう。最初は怖気づいたり、軽蔑したりする人も多かった。それは今も続いているが、ステラと仲の良いルナマリアは全く気にしなかった。二人の仲のよさには驚いている。
最初に会った自分とは、比べ物にならない。

「…どうしよう…」

その彼女は、一体何を考えているのか。
調味料の前で悩みこんでいるルナマリアの顔を覗き込む。すると、どうやら真剣な顔で何かを見詰めているらしく、その視線の先は色とりどりのジャムだった。ルナマリアの隣では最近すっかり懐いたステラがルナマリアを見ていた。

「どうしたんだよ、ルナ」
「…あ、シンか。あのさ…」

俯きながら沈痛な面持ちで話すルナマリアに吃驚する。
普段あまりこういう顔をしないからだ。だが長年の腐れ縁というやつで、こういうときの彼女は大抵決まっている。
大した事ではない、どうせまたどうでもいいことで悩んでいるに決まっている。

「……私、いつもブルーベリーで、
ステラがいちごで時々半分にしていたんだけど…」

 彼女の視線の先にはもう一種類、林檎ジャムが追加されていた。
ああそれで悩んでいたのかと思うと脱力する。半分にするなど何歳だとは言わないが、そのせいでここにずっと居たのか。呆れ半分、気疲れ半分で一息つく。生来さっぱりとした彼女の性格には、時々驚かされることは知っていたが、今回は例外だ。しょうがないか、と呟くと彼女の方を向いた。

「俺が林檎にするから、あとはいつも通りでいいだろ?」

ついこうやって気を使ってしまうのが、自分の弱点なのかもしれないと思う。
自分の言葉に彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて、素直に感謝した。こういうところが彼女の美点なのだと改めて思わされつつ、笑みを返す。ステラは、隣でルナマリアに便乗して感謝した。
なんというべきか、まるで妹分を持った気分だ。




「俺、あんまりトースト食べなかったからなぁ…」
とか、私の隣でシンが呟いた。両隣にシンとステラで並びながらふと手を止めて二人を見ると、いそいそとジャムを塗っている姿を微笑ましく思いつつ、再びジャムを塗る手を動かした。三人とも作業が終わってテーブルにつくと、互いにトーストを三分にする。私はいつものブルーベリーで、ステラはイチゴ。シンが林檎だ。
 私は先に分け終わり、さあこれから渡そうかとする瞬間。



『はい』



 ぴったりと重なった声を同時に、両方からパンを差し出される。
ステラとシンがちょうど作業を終えて、私に渡してくれるらしかった。そこで声が重なったのだ。両方とも一緒に受け取ればいいかもしれないが、それだといかにも無節操に見える。かといって片方を優先して受け取るのもなんだか気後れを感じた。とりあえず短気なシンから受け取っておこう、あまり長引かせるのも、彼にとって可哀想だ。
 「ありがと、シン」
 そう言ってシンの方に手を伸ばすと、対のステラが此方を悲しそうな瞳で見詰めていた。置いてかれた子犬を思い出し、なんだか本当に居た堪れなくなる。このまま無視するか、それとも彼女のものを受け取るかで決めると、後者しか残されてないだろう。そうして、彼女のトーストを貰った。

 「ありがとね、ステラ」

 そうして一転し、満面の笑みを浮かべるステラに自分のトーストも渡すと、漸くしてシンのものを受け取った。暫く拗ねた表情のままでいたが、時間が経つに連れ納得したように普通の表情に戻る。三人ともトーストを分け合って齧り付く。そして、お互いに顔を見合わせた。

 「ブルーベリーってあんまり食わないけど、美味いんだな」
 「ん、林檎ジャムも結構美味しいね」

 そう言ってシンが呟くのを皮切れに、口を開いた私の隣で、顰めっ面のステラが齧りついた後、口を離した状態のままにいた。どうしたのかと思って声をかけると。こう返答される。
 「・…ステラ、これ嫌い…」
 申し訳なさそうに俯くステラに、私とシンは再び顔を見合わせた。一息ついて、視線の合わない彼女の頭をそっと撫でる。ゆっくりと、ステラはこちらを向いた。
 「えー…と、好き嫌いは人によって違うからさ。これ結構それで分かれるし、気にすることないよ」
 大丈夫、と言いかける前にステラはにっこりと笑って頭の上の私の手を嬉しそうに触れた。どうやらもう大丈夫みたいだと思うと、一言二言交わして他のトーストに口をつける。




 「・…仲、いいよな」
 恨めしそうにそう呟く。それはステラに対してかはよく自分でもわからなかった。食堂に行くのも一緒に歩くのも、自分の場所が取られたように感じる。ステラがルナに懐いてくれたことは嬉しいが、なんとも複雑な気分だ。
 「今日は射撃訓練と機体チェックぐらいかな…結構暇だね」
 そうルナマリアは言い出すと、夜には何をしようかとか、射撃にステラも来ないかなど会話に華を咲かせる。嬉しそうな彼女の笑顔に見て、先程の自分の考えにそっと反省した。
 仲が良いのは良い事だ、それを不満に思うことは無いだろう、と。

 「じゃあさっさと食べ終えて…」
 そう言ってトレーを返しに立ち上がろうとすると、彼女は勢いよく此方を指差した。その先には皿の上に残された緑色や橙色の野菜。次の彼女の台詞が嫌でも解かる。
 「シン、野菜残してる。ちゃんと食べなさい」
 僅かに母親を思い出した。
 いきなりそういわれても、嫌いなものは嫌いなのだ。それに先程、彼女はステラに好き嫌いは人によって違うと言ったばかりじゃないか。

「別にいいだろ、ステラだって残してるんだし…」
「あんたは別。食べないと、今度からデザート奪い取るわよ」

少女に似合わない、這いずるような低い声でそう吐きすてるように言われると、いよいよ追い詰められるような気がした。過保護のような彼女の行動に嬉しいと思うべきか悔しいと思うべきか。おそらくはどちらでもないだろう。視線を逸らして再び立とうとすると、目の前にフォークが差し出された。

「さては、こんなのも食べれない、とか?」

不敵な笑みを浮かべて堂々と自身のフォークに刺した人参を差し出す。うっ、と言い訳の仕様が無いことに改めて気づかされると同時に、彼女と同じフォークを使う事を気恥ずかしく思った。彼女自身はそんなことに全く気をつかってないようだ。渋々、野菜を食べる。満足げな彼女の隣のステラは反面睨むようにこちらを見詰めている。嫌いなものを食べなかっただけステラはいいと思うのだが、どうやら本人には違う様子だ。

「よーっし、シンも食べたことだし。三人で甲板にでも出かけようか!」
拳を固めて意気込むルナマリアは、ステラと共にトレーを返却しに行った。どうにも置いていかれたような気分になって急いでついていく。お互いに冗談を言い合ったり笑いあったりする楽しさが心地よい、幸福だと思える日々を掴めたと思うと嬉しかった。































おそらくは、これが幸せと言うものなのだろう。

Confitura (西):ジャム



+あとがき+
今回も趣味突っ走りました。す、すみませ…!(汗)
又も出してしまったニンジン。微妙に前のやつと被ります。
いっそシン+ルナ+ステのカテゴリ作りたいなあとおもいつつ。
この3人集まるとほのぼのしてて…!(笑)
擬似姉弟妹、また書きたいです。
それでは。