その一言に、勝てる気がしないんだ。




 あの大戦後、自分とルナマリアは軍を辞めて二人でオーブに来た。
昔はあれほど憎んでいたこのオーブ。その国に腰を落ち着けた理由は、あまり多いものではない。最初のうちは心の整理がつかないことを理由に暫くプラントに住んでいた。だが、そうもしてられないとこの地に移住することを最近になってようやく決断したのだ。あの頃とは違い、隣には自分を支えてくれる大切な人がいる。今ではお互い暇を見繕いあって会う機会を増やそうと頑張っているが現状だ。ミネルバにいる時より格段に会える機会を失っていることは黙認せざるおえないだろう。

 この日の天気は快晴と呼ぶにふさわしいものだった。風も穏やかで、気温も通常よりかは暑く感じるが、冬よりだった今の季節にとっては「暑い」というよりも「暖かい」と言ってしまった方が良い。うってつけの昼寝日和といったところだろうか。自分の経験からするとアカデミーでもこんな季節に居眠りをして、怒られた記憶がうっすらとある。そんなときは隣の意外な優等生だったルナマリア・ホークにそんな危機から助けてもらったこともあった。
 そんな中、自分は彼女ことルナマリア・ホークと一緒に外出途中だ。

 「何よ?ぼーっとしちゃって」
 「あー・・・別に・・」

 現在、近くにある大型ショッピングモール近くの小さなカフェテラスで休息を取っていた。目の前の桜の木は満開で、その美しい姿に見とれて足を止める人も少なくない。そう言う自分もこの心地よい暖かさに包まれ、疲れが拍車をかけて眠気を喚起させている状態なのは、元より「居眠り」ということになんら抵抗なく人生を送ってきてしまったせいだろうか。目の前の美味しそうなアップルケーキに目もくれず頬杖をついて桜を眺める自分を、彼女は不思議がったのだろう。なぜ自分の目の前にこんな洒落た菓子が置いてるのか、それはこの店自慢のお勧めケーキという言葉が目に付いた彼女が二人分とったからだ。甘いものはあまり食べなかったが、相手の好意にそうも言えない。

 「すっごい眠そう。疲れたの?シン。」
 「いや、考えごとしてただけだよ」

 ぼんやりと、心の中ではこの幸せについて考えていた。少し前にさかのぼって大戦時のことを思いだすと、あれほど緊迫した状態にいたことはもうきっとないだろうと思った。それは戦闘することをやめたからではなく、また命が惜しくなって逃げ出したわけでもない。今までとは別の道で未来を望むことを選択したからだった。だからこそ、この空間が尊く感じるのかもしれない。この時間が永久に続くことを願うのは傲慢だろうか。自分と一緒にいてくれる、大切な彼女と共にいるこの時間が。
 桜が微風に揺れる。花弁が数枚こちらに舞い落ちて、それを反射的に手にとって見た。コーディネーターだからというのを抜いても、パイロットだったため反射神経や動体視力は鍛えられてるから、簡単なものだった。手の中に納まる花弁は瑞々しさに溢れていた。少々湿っているのは昨夜の雨が起因していると思う。それを見つめていると、目の前の席でデザートを口に入れていたルナマリアが食べ終えた後に面白そうにからかってきた。それに慌てて抗論すると、次には何事もなかったかのようにケロリと別の話題にしていた。

 「ところで、何考えてたのよ。」
 「あぁ、別に話すことじゃないんだけど・・・・」

 ゆっくりと、壊れ物を扱うような丁寧さで一言一言をしっかりと言う。彼女になら、話してもいいかもしないなという思いが浮上した。それは彼女にも聞いてほしいとは少なからずも思った言葉だったから。
 それは心からの願いと、平和を歓喜する自分に言い聞かせるように。



「こんな幸せが・・・さ、ずっと続けばいいって思ってたんだ。
ルナと一緒にいたりとかする、今みたいな時間とか。」



 そう言うと、彼女は一瞬だけその蒼い双眸を丸くしていた。少し経つと彼女の顔には幸せそうな笑みが浮かんでいた。冗談を一切交えず真剣に言った自分の言葉に対する彼女の笑顔に、驚いた自分は思わず「人が真面目に言ってるのに、なんで笑うんだよ!」と語勢強く怒るように言う。周りの人が訝しみながらこちらに視線をむけている中、それでも彼女は幸せそうに微笑んで、くすくすと笑みを深める。この状態の彼女は、本当に厄介だ。アカデミーからの付き合いだからこそわかるのだが、今は自分が何を言っても虚空に消えるという状態だ。無駄だと思いつつもまた「本当に聞いてるのかよ」と拗ねた様に愚痴を零すと、それに対して彼女は怒らず「聞いてるわよ」と短く、されど柔らかい口調でそう言って、彼女はティーカップに注がれていたミルクティーを口に含む。それを止めるとティーカップを受け皿に置いて自分の方を向き、再び笑った。


 「それ、口説いてるの?」

 「・・・・・・・・・・・・・は?」


 おそらくその一文字を口から零すのにも二秒は必ず掛かっただろう。頭の中が混乱を極めているのは久しぶりな気がする。いや、そうじゃないだろうと横槍をいれて考えをまとめることに集中した。自分はそんな事いっただろうか、彼女がそういう経緯の一つにもしかして先ほどの自分の言葉が関連しているかもしれない。いくらルナマリアでも唐突にこんなこと言わないはずだ。そう思って今までの自分の言動を探ってみると、やはり思い当たるのはさっきの言葉で。そういう魂胆で言ったわけじゃない。なんだか彼女の質問は趣旨がずれているような気もするが、あえてそれは呑み込んでおこう。

 「ちっ、違う!全っ然口説いてない!」
 「・・・・・ふーん、そうなんだ。」

 全く形のなっていない否定の言葉を言うと、彼女は不満げにツンと顔を背けた。それがどうにも不思議で彼女の顔を覗き込み「どうしたの?ルナ」と、そっと言うと拗ねた表情で「別に」と返す。再び疑問符が辺りに散らばり、また考え込む。何か言っただろうかと考え込むも一向に見つからない。それだけ考えても考えた時間の長さと答えが見つかる確立は比例して大きくならないのは、闇の中を手探りで歩くも光が差し込まないような感覚に似ているかもしれない。これで人生何度目だろうか、「女ってわからない」と心中でぼそりと小さく呟いた。
 考え込む自分に、彼女が視線を向ける。それに偶々自分のものが合致すると相手は耐え切れない、といった様子で声を出して笑った。それに対して当然自分が怒ると、ルナマリアは微笑を浮かべて眼前で両手を重ねて悪戯っぽく首をかしげて言った。


 「私は、ずっと一緒にいてもいいと思ってるんだけど?」
 唖然。


 時間をかけてその言葉を理解すると顔が徐々に熱くなるのを感じる。
 相手も仄かに頬を赤く染めていたが、おそらく自分の三分の一程度だろう。また間をおいて何か言おうと思って先ほどのからかう様な彼女の言葉を思い出して反撃するように「そっそれ、口説いてるのかよ?」と顔を赤くした状態で(全く説得力がないのだが)言い放つと、彼女は綺麗に微笑を浮かべながら「秘密よ、秘密。」と、くすくすと声を出して再び笑った。それにつられてこちらも笑いがこみ上げる。

お互いがお互いに言い合うなんて本当にしょうがない。それでもこんな他愛もない話がとても尊くて。ずっとこんな日々が続けばいいと思っている。


 ――――『私は、ずっと一緒にいてもいいと思ってるんだけど?』
本当に、まったくどうしたことなんだろう。































怒鳴っても、不満を言っても、文句をつけても、
その一言に、不思議と勝てる気がしないんだ。
 

Apfelkuchen (独):アップルケーキ




+あとがき+
p.m.企画第一弾。初っ端から趣味大爆走です、・・・こんな感じでいいのかなぁ(苦笑)
「口説いてるの?」という台詞は成り行きで追加。
書いた後に見てみれば「これルナ+シン?」と自分で不思議がってました。
でもとりあえず先に言ったのはシンのほうだし・・・・ということで。
なんだかもうベタ惚れだなぁ、シン。